「……なんか、びっくりしたよな。
あんなこと、さらっと言うかフツー。
オレ、セーラー服着なくてよかったよ」
「まぁ、ヒジリさんだからなぁ。
アメリカ帰りって言ってたし」
取材が終わる頃には夜になっていた。
ヒジリさんはメシにまた誘ってくれたけど、カミングアウトした男と勇を、
一分一秒でも長く一緒に居させるつもりはなかった。
慣れない駅で切符を買う。勇は何やら考えこんでいる。
「でも、あそこまでさらっと言うのってスゲエよな。
バイセクって自分で言う人初めて見たけど、キモイとか全然思わなかったし。
ヒジリさん、カッコいいしなぁ。あ、でもあれで意外と女役だったりして」
そう言って一人でゲラゲラ笑っている。
「……おれも、ホモなんだけど」
「キモッ!
オマエそのネタ引っ張りすぎ。
ホモネタ嫌いじゃないけどさぁ、使いすぎっと笑い薄れるぜ」
突風と共に、ホームに電車が滑り込んでくる。
勇の髪が舞うのをおれは見ていた。
笑いながら何かしゃべっているけど轟音で聞こえない。
扉が開いて人が流れ出す。
流れを待って、おれたちも車両に乗り込んだ。
「あのさ」
呼びかけると、何?って顔をこちらに向ける。
だめだ、おれ。
こんな人の多い列車で何を言おうとしてるんだろ。
「あのさ、勇。おれ」
「あー!
そういやオレ、交通費請求すんの忘れてた!
悪ぃ、イヌノ。先帰ってろよ」
ぴしっとおれを指差し、東西線の扉が閉まる直前に勇はひらりと身を躍らせた。
追いかけようとするより早く鉄とガラスがおれを阻む。
「勇!」
列車が動き出す。
勇の背中が人ごみに紛れてすぐに消える。
扉を拳で叩いても、突き破る悪魔の力はもうおれには無い。
次の駅で戻るか。それとも待つか。でもどこで?
ちくしょう。
なぁ、勇。
おれがさ、この世界で目覚める時。
あの時、お前は――眠り続けるおれに、
『おい、聞いてるのか?』
おれに、何を語りかけてたんだよ。