あれは――堕胎だ。
おれは本当に頭が悪いから、勇を助けられることを微塵も疑いはしなかった。
あの貼りついた薄気味の悪い顔を引き剥がしさえすれば、元の勇に戻るはずだと。
おれの擦っても落ちないこの紋様とはきっと違う。
信じていたからこそあの化け物と戦ったんだ――。
永遠に胎児であろうとするものを、無理に引きずり出せばどうなるかを、
おれはわかっちゃいなかった。わからないふりをしただけなのか。
ただ、覚えているのは、
おれが、
この手で、
勇を堕ろした。
……その夜は一睡もできなかった。
食事も喉を通らない。
苦い悔恨と自己嫌悪と勇の言葉が、胸の奥を掴んで揺すぶって離してくれない。
おれは勇を、どうにか助けてやりたかったのだけれど、
結局追い詰めることしかできなかった。
それはおれが弱くてずるくてばかだからだ。
自分の不甲斐なさ全部が情けなくて声を殺して一晩中泣いた。
まんじりともしないまま夜が明け始め、おれは腫れぼったい目で窓の外を見る。
空が東から、ゆっくりと夜を終わらせていた。
もうぼろぼろのおれにそれはひどく眩しいものに映り、
紫が橙色になっても、白くなっても、飽きもせずに空を眺め続けた。
眺めながら、
もう、終わりにしよう。
そうすることに決めた。
東京のみなさん、さようなら。
そして、ごめんなさい。
ごめんなさい。
窓に向かっておれは土下座した。
窓の外に広がる夜明けに、
これから始まる一日に、
一千二百万東京都民のみなさんに、
約束を守れなかったマサカドさまに、
おれはひたすら謝り続けた。
これからきっと怖い思いをさせます。
でもきっと生き返らせます。
今度はマサカドゥス無しでなんとかがんばります。
おれの名前は小林イヌノ、都内の高校に通う2年生。
けれどそれは今日までの肩書きだ。
戻れるかどうかはわからないけど、もう一度、
人修羅と呼ばれることを今は願う。
不思議と不安は無かった。