携帯が繋がらず、家に電話すると勇は存外元気そうな声だった。

会ってくれないんじゃないかと危ぶんだけど、

 届けたいものがあると伝えると、勇ん家の近所の公園を指定してきた。










「よぉ」

「…………」

「んーだよ、元気ねぇな」






 野球は無理でも、三角ベースくらいはできそうな広さの公園。

 砂場で子供たちが穴を掘り、鳩が何も無い地面を突き、

距離を置いたベンチで勇が煙草を吸いながらそれらを眺め、

おれを待っていた。





「……心配して来てみりゃ、呑気にベンチで煙草ふかしてんだぜ。

 そりゃ元気も失くすよ」

「届け物ってなんだよ」

「学校のプリント、あと、一週間分のノートのコピー。

おれの汚い字だけど許せ。あと、まじ煙草やめろって」

「説教しに来たのか?

 それとも、オレに会いにきたのか?」

「…………お前に会いにきたんだよ」



 コピー紙の束を間に挟み、おれは並んでベンチに腰掛けた。

 派手なTシャツにいつものキャスケットの勇と、制服姿のおれ。

 封を切ったばかりの、見たことのない煙草の箱はなんだか甘い香りがした。

 もう咳き込みながら不味そうな煙を吐き出したりしていない。

 紙巻を咥える勇の横顔は奇妙に大人びていて、なんだか無性に腹が立ってくる。



「祐子先生が、頑張れって言ってた」

「なんかうちにも電話きたわ。母親が話してた」

「休みっぱで親とかうるさくねぇの?」

「無理に学校に行かせようとするなって。

ハハッ、不登校児相手のマニュアル通りだよな」






 当人の口からその言葉を聞き、おれはぎくりとなる。







「ちょっと休んでるだけだろ」

「ノートのコピーとかもう取んなくていいから」

「……辞めんのか、学校」

「さぁなぁ。

 まぁ、義務じゃねえからな。もう」





 5月の連休明けとか、夏休み明けとか、そのまま学校に来なくなる生徒が学年に一人は

いる。

 そういう話はたまに耳に入ってはきたけど、その言葉と勇がどうにも馴染まなくて、

 どんな言葉を掛けたらいいのかわからなくなる。












 理由とか、あんのか。



 訊いてどうすんだ。










「オレさぁ」







 訊ねる前に勇が口を開く。



「振られたんだわ、ヒジリさんに」






 そう言っておれの反応を窺うように間を置き、

おれが何も言えずにいると、いつもの軽口で後を繋いだ。



「なんかね、オレみたいなガキもう相手にしてらんないってさ。

 馬鹿くせぇよな。

 そんなんだったら最初から口説くなっての。

 まぁ、別にいいんだけどさぁ。ホントどうでも」






 勇は可笑しそうに笑い、おれはますます頑なになる。







「笑えよ」

「…………」

「――なぁ、覚えてるか?

 2年に上がりたての頃さ、前カノに振られたって話オマエにしたの。

 あの時もオマエだけだったんだよな。

 笑ったり、根掘り葉掘り理由聞かなかった奴って」






 違うよ勇。

 あの時も嬉しかったんだけど、どんな顔すればいいのかわからなかっただけなんだ。

 別にそんな美談てわけじゃない。







「オレ、てっきり千晶とオマエつきあってるものとばかり思っててさ、

 そうじゃないって知ってラッキーとすら考えてたんだぜ。

 まぁ、オレも怖ぇことに千晶の外見しか知らなかったしなぁ。

 まさか3人でつるむようになるとはな。ハハハッ」

「――勇」

「なんだよ」

「無理して笑うな」



 途端に、勇の横顔から表情がすっと抜けた。



「…………どうしろってんだよ」

「無理に、しゃべんなくていいから」





 何があったのかおれに知る由もないけど、

 辛くない別れならこんな風には話さないだろう。

 ヒジリさんと切れたことより、そこまで入れ込んでいた勇の感情が

 今のおれたちを無口にさせていた。





「辛かったんだろ」










 大丈夫だよ、今だけの痛みだ。

おれがなんとかするから。

 辛いことはみんな忘れてしまえばいい。

 ヒジリさんとお前はもう二度と出会わない。

 全部あの日からやり直すんだ。

 今度は絶対見失ったりしないから。








 だから、また、

 笑っておれを起こしてくれよ。

 そのためならなんだってできる気がするんだ。











「勇――」

「やめろ」



 肩に伸ばした指は、届く前に振り払われた。

 勇は煙草を投げ捨て立ち上がる。

 夕暮れを背に受けて表情がよく見えない。








「……誰もオレのことなんか本気で好きになりゃしないさ。

 だから、オレも誰も好きになったりしない。

 オマエもだよ、イヌノ」






 ごめんな勇。

 こんなこと、もう二度と言わせまいと思ってたのになぁ。











「――そんなことねぇよ。

おれは、勇が」

「違う……」

「聞けよ」

「違う!」






 激しい拒絶に言葉が詰まる。

 その後に続く、勇の淡々と、搾り出すような声。









「オマエは……負い目を感じてるだけだ。

 オレを――










 殺したから」










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