ごめん。

 ごめんな、イヌノ。






 オレ、頑張ったんだけど。

 本当に頑張ったんだけど、

 やっぱ無理だ.






 わかってたんだけどやっぱり無理なんだ。









 抱えた膝に顔を埋めてオレは待っていた。

 もうずいぶん長い間待っている気もするし、

 たった今腰を下ろしただけの気もする。



 ただ、辺りが暗いからきっと夜なんだろう。









 イヌノが必死になればなるほど、

 どうしてここじゃダメなんだと、責められてる気しかしてこねぇ。






本当に、どうしてダメなんだろうな。

 オレだって、いつも、なんとかしようと必死だっただけなのに。






 せっかく、オマエが、この



「……誰だ?」



 ヒジリさんの声に、オレは重い頭をようやっと上げた。



「なんだ、勇か。驚かせるな」

「よぉ……遅かったな」

「まぁ、取材だからな。

 勇こそ、制服なんて着てどうした?

いつからここに?」

「今日から学校だったから。

 何度電話しても携帯繋がんねぇし」

「だからってここで待つこともあるまい。

 他人が見たら何事かと思うぞ」






 ヒジリさんの部屋のドアを背に、オレは長いこと座り込んでいたらしい。

 携帯の時計はもう10時を過ぎている。

 相変わらずイヌノからは着信とメールの嵐だ。






「……まぁ入れや」







 今更人目を気にしてか、ヒジリさんは部屋の中へとオレを急かした。

 すれ違い様、懐かしい匂いがした。

 ずっとコンクリの上に着けてたもんだからケツの感覚が無い。






「久々に渋谷出たら人酔いしてさ。気分悪ぃのなんのって」

「人酔い?お前がか?

 おいおい、らしくねぇな……。大丈夫か?」

「もう平気だぜ」

「無理するな。横になっていろ」

「うん」



 オレはおとなしく散らかったままのベッドに横たわった。

 ヒジリさんと煙草の匂いを深く吸い込み、ようやく自分が呼吸していたことを思い出す。

 息がつける。大丈夫だ。

 まだ大丈夫だ。






「勇、腹減ってないか」







 冷蔵庫の扉越しにヒジリさんが声を掛ける。

 今ビールと珍味くらいしか入ってねえんじゃなかったっけか。



「あー……そういや食ってねえわ。オレ」

「だろうな」

「冷蔵庫空だろ」

「春巻きと麻婆茄子の残りがあったような気がしたんだが」

「あ、それオレ食った」

「犯人はお前か」

「夏場だし、早めに片さねぇとヤバイだろ」

「しかたねぇ。外に食べに出るか。

 ああ――調子悪いんだったな。

 待ってろ、なんか買ってきてやるぜ」

「やきそばパン」

「おい、もっと栄養つくものにしろ。

 ただでさえ最近のガキは栄養が偏っているんだからな」

「やっぱメシいいや。それよりさぁ――」



 手招きすると、ヒジリさんは上着も脱がないままベッドの脇に立ち、

 オレを見下ろしてなんだかニヤついている。



「何笑ってんだよ」

「いや……。

 制服姿の勇が、おれのベッドで寝てるのが新鮮だと思ってな」

「エロ」

「おいおい。

……オレは手法を考えてみただけだ。

実際にそうしたかは分からんよ」

「いや、まず考えんなよ。手法とか」

「安心しろ。

 元気の無い小僧をどうこうしようなんて思わんさ」






 ヒジリさんは膝をついてオレの頭を撫でた。

 オレは腕を伸ばしてその首にすがりつく。






 ――ああ、やっぱりそうだ。






「……どうかしたのか?

 今日はずいぶんと甘ったれじゃねえか」












 この匂い。

 懐かしさと、奇妙な安堵。

 ヒジリさんの首筋から、いつかの女物の香水の匂いがする。




















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