「東京受胎、もう一度起こしてほしいんです」






















 この世の終わりを見たことがあるだろうか。

 東京がそっくり裏返り死んでゆく様を。

 魑魅魍魎悪魔神々が跋扈する滅びた街並みを。






 おれはこの目で見た。

 この足で踏みしめ、そして――。















「……何を言っているの?イヌノくん」

「裕子先生の力でもう一度東京受胎を」






 ターニングポイントはあそこだ。




 東京が元通りになったあの日。

 代々木公園で勇を見失いさえしなければ、こんなことにはならかなったはずなんだ。


 祐子先生は、黙っていれば化粧が濃い目の美人教師にしか見えないが、

 実は東京受胎を引き起こす力を持つ、ややトウの立った魔女っ子先生だ。

 その秘密を知っているのは、たぶん本人とおれともう一人くらい。


「冗談でしょう?」

「冗談でこんなこと言いません」

「この世界は君のコトワリで啓いたものよ。

 それを自分の手で壊すなんて一体何が不満なの?」

「世界はまた生まれるために死んでいかなきゃいけないんです!」

「人のセリフを勝手に取らないで!」



 祐子先生はまるっきりおれに協力するつもりはないらしい。

 まぁ、当然といえば当然か。



「何があったかは知らないけど、バカなことは考えないで。

 若い時には色んなことがあるけど、悩み苦しむのは今の君に必要なことなの。

 早まった真似は考えないで。いいわね?」



 それだけ言うと、祐子先生は脱いだ上着をまた着込み踵を返した。

 逃げられてたまるか。今のおれに残された唯一の手段なんだ。






「祐子先生!」






 祐子先生の肩をつかんで引き戻す。

 こんな形で頼るのは不本意だけど、他に頼める相手がいないんじゃ仕方ない。


「いいか、おれはあんたの絶望につきあったんだ。

 おれをあの世界に突き放したのはあんたのエゴだ!そうじゃないのか?

 先生が自分の悲しみのためだけに世界を滅ぼしたことを今更どうこう言う気持ちはない。

 ――今なら、おれも少しだけその気持ちがわかるから」





 強く掴みすぎた肩を放すと、先生は腕を組んで険しい目を向けた。

 反論は来ない。できないのだ。







「……あんたを救った礼を返せとは言わない。

 先生がコトワリを啓けなかった理由もどうでもいい。

 おれは元通りにしただけだから。でも」


 遠くで下校を知らせるチャイムが鳴っている。

 夏休みに浮かれる生徒たちの笑い声。

 おれは深く息を吐く。










「今度は――あんたがおれの絶望につきあう番だ」



















「……絶望で世界を滅ぼす君に、あなたの神がコトワリを授けてくれると思うの?」

「がんばります」

「ボルテクス界の恐ろしさは君がよく知っているでしょう?」

「がんばります」

「仮に東京受胎を再び引き起こしたとしても、

あなたがまた悪魔の力を手に入れられるとは限らないのよ?」

「がんばります」



 まずぼっちゃんを探そう。楽しんでもらえる自信はないけど。



「二周目の敵の攻撃力は1.5倍なのよ?」

「小まめにセーブします」

前向きならいいってもんじゃないでしょう!?

 二度も同じことを繰り返すつもりなの?」

「二度目だから!」


















 今度は、もっとうまくやれるはずなんだ。

 あそこでああしなければ、とか、ここでこうしていれば、とか、






「きっと――もっとうまくやれると思うんです。世界のことも」







 あいつのことも、全部。







 祐子先生はしばらく背を向けて何か考えていて、

 やがておれに向き直り渋りきった声で応えた。



「………決意は固いようね」

「祐子先生……」

「……いいわ、君を信じている。

 私は君のためにもう一度罪を背負いましょう。

 ほかならぬ君のお願いですものね。君の



 ……君、という単語に妙に力が入っている気がする。

 ま、いいや。

 
今なら貞操だってくれてやる。



「それじゃ!」

「待って!

 受胎には相応の準備が必要なの。

 氷川の手を借りずに、今度は私が一人でやってみせるわ」

「時期は?」

「そうね……。君が卒業する頃には」

「そんなに待てません!」

「じゃあ、夏休み明けて9月。それでいいかしら?」



 じゃあ、ってなんだよ。


 でもまぁ、確かに祐子先生にしかできないことだから、

 あまりケチもつけられないし。



「……わかりました」

「場所は――わかるわね」

「………新宿衛生病院」

「他言無用よ。氷川に知られたらおしまいだから」

「わかってます」

「あと、夏休みの宿題はちゃんとやるのよ」

「…………」

「返事は?」

「はい」




 
おれは渋々頷いた。










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