いつものように席に着いて、机にねじ込まれた何かに気づく。




『月刊アヤカシ 8月号』




「あ」


 すっかり忘れてた。

 いつぞや勇と受けた取材の掲載号。


 勇の仕業だろう。

 ヒジリさんから言付かって、おれの机に入れた。


 直接手渡すのももうイヤなんだろうな。


 パラパラとめくると、付箋の貼ってある件のページがすぐに出てきた。

 真っ先に目に飛び込んできたのは勇の笑顔の写真。

 すげぇ可愛く撮れている。


 横にいるおれは、体のど真ん中でトリミングされていた。



 ヒジリさんめ………。






 ライターヒジリの記事も今は読む気がしない。

 あれからおれは、毎日新品の下着を履き、いつも清潔に保っていた。

 いつまた勇に声が掛かってもいいように。


 けれど携帯にはメール一本は入らず、勇の無視は一層度合いを増し、

 期末試験も今日で終わり。















 ――長い夏休みが始まろうとしていた。




















「イヌノくん」

「祐子先生、来てくれたんですね」


 終業式を目前に控えた放課後、おれはもう一つの冷戦状態だった祐子先生を、

 使われて無い理科準備室に呼び出した。


「どうしたのかしら。改まって話だなんて……」



 ガチャ、と、やけに大きな音を立てて扉が閉まる。



「先生……今後ろ手に鍵掛けませんでした?」

「だって、二人で話しているところ見られたら誤解されてしまうでしょう。

 私は教師であなたは生徒なのよ」

「は、はぁ……」

「ふぅ……今日はなんだか暑いわね」

「なんで上着を脱ぐんですか」



 教師と生徒が話していて何の問題があるのかわからなかったが、

 おれは窓から逃げ出したい衝動と必死に戦い、祐子先生に向き直った。



「一体どうしたの?」

「そ、そんなに近寄らなくても大丈夫っす」

「イヌノくんこそ、そんなに堅くならなくてもいいのに」

「あのですね。先生にお願いが」



 窓際に追い詰められながらおれは深呼吸した。



「祐子先生にしかできないことなんです」

「あら……何かしら。

 私にできることならなんでも言ってほしいわ」


 祐子先生は艶然と微笑む。












 ――漠然と考えていたことがある。

 勇に告って振られた日から。


 おれは必死でその考えを振り払っていたけど、

 胸ポケットに入れた写真の切り抜きを見て、

 漠然とした願いは決意へと固まった。





 この笑顔をもう一度おれに向けてほしい。





 そのためならおれは、












「……東京受胎、もう一度起こしてほしいんです」











 もう一度だけ、






 悪魔にだってなってみせる。




















     ト ウ キ ョ ウ
      ラ バ ー ズ



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