「い…さむ………」
キスの余韻を噛み締める間もない。
呆然と倒れるおれを勇が見下ろし、制服のズボンの上から、その、
股間に触れてきた。
「勃ってんな、オマエ」
そりゃまぁ、勃起もする。
てか、勇のベッドに座った時点で半立ちだった。
「ご、ごめん」
「しゃぶってやろうか」
「はぁ!?」
ギターの次は尺八かよ!?
「いいから寝てろ」
勇はおれの膝を開き、ベルトを緩めててファスナーを下ろす。
ファーストキスの5秒後には押し倒されているという展開の早さに、
おれは興奮より先に混乱した。
わけのわからないことを口走りそうだ。
「や、やばいって勇!
おれ、部活出たし、汗掻いてるし」
「いーからいーから。
気にすんなって」
ズボンを脱がそうとする勇と、それを押さえるおれ。
なんだこりゃ。
想像していた初体験と全然違う。
「へ、へぇ……。意外といいモン持ってるなオマエ……」
「あひぃ!見ないでぇ!」
「暴れんなコラ!おとなしくしろよ!」
てか、何教えてるんですかヒジリさん………!
フェ、フェ…ラ……とか!
ある意味セックスしていたことよりショックがでかい。
そ、そうだよヒジリさんが!
「ヒジリさんとつきあってんじゃないのかよ!」
その名を出した途端、勇の動きが一瞬止まった。
やばいかな、と思ったけど、
すぐにあっけらかんと言い放つ。
「あ、いーのいーの。
あっちはあっちでよろしくやってんだからさ」
「……なんだよそれ」
「ヒジリさん、ちゃんと恋人いるんだよ。
オマエの言葉だろうが。
……オレみたいなガキまともに相手にするわけないって」
一瞬口ごもった勇。
その言葉を聞いた途端、おれの中の熱が急速に冷えていくのがはっきりとわかった。
そうか。
そういうことかよ。
「……やめろよ、勇」
「なんだよ」
「やめろって言ってんだよ!」
強い口調で跳ね飛ばすと、勇が呆然とおれを見上げた。
「おれのことからかうのはいいよ。
どうせ童貞だよ。お前みたいに経験ないし。
パシらせんのも気まぐれ起こして振り回すのも構わねえ」
腹の底から湧き上がる怒りがようやくおれを饒舌にさせる。
勇を本気で怒ったことなんて、たぶんこれが初めてだ。
「だけどさぁ勇、お前への気持ちまで侮辱するんじゃねえよ!
ヒジリさんへのあてつけでおれにちょっかい出すのとか、
なんだよそれ。バカにするのもいい加減にしろよな!」
バカみたいじゃねえか。おれ。
勇とやっと話せてどんなに嬉しかったかとか、
勇の姿を探してうろつき回った休日の繁華街とか、
勇が幸せならしょうがねえかとか、
そう思い切ることもできなくて眠れなかった夜とか、
全部――全部バカみたいじゃねえか。
いつもそうだ。勇は。
人のこと試すようなことばかり訊いて、
そのくせ自分の本心はこれっぽっちも言いやしない。
そのあげくにこれかよ。
「汚えよ!こんなの!!」
勇はのろのろとベッドから降りて、俯いたまま窓際に立つ。
抑揚の無い静かな声で、
「帰れ」
とだけ呟いた。
まずい。
「いや、その、汚いってのはやり方で……」
「帰れよ」
「こんなんじゃなくて、おれはお前の」
「帰れって言ってんだろ」
「…………」
取り付く島がない。
ズボンを履きなおすおれを、勇は無感動な面持ちで眺めていた。
「…………じゃあ、帰る」
「…………」
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