「なぁなぁ千晶、オレをこれに推薦してくれよ」



 千晶の席で、雑誌片手に勇がでかい声で話しかけている。

 おれは斜め後ろの自分の席で、なるたけそちらを見ないようにして

 聴力に全精力を集中した。



「とりえがない人間を何に推薦するのよ」

「ジュノンボーイだよジュノンボーイ。

 男子モデルの登竜門だろ」



 え。勇芸能界入りするのか。

 どうしよう。おれだけの勇がみんなの勇になったら。



「そんなの自分で応募したらいいじゃない」

「自薦なんてカッコ悪いだろ。

 こーゆーのは推薦で受かってこそ花ってもんだろうが。

 なー、頼むよ千晶」

可能性ないもの。

 あんた足短いし撫で肩だし。

 第一身長足りないでしょう。

 お笑いとかのほうがまだ向いてそうよ。

 そんなことより期末向けて勉強すれば?」



 千晶、そんな言い方はないだろう。

 確かに勇はタッパないかもしれないけど、

 脱いだら意外とすごいんだぞ。

 顔とかいっぱいついたりしてるんだから。



 勇がデビューして忙しくなって学校をやめようとしておれがそれを止めたり、

 ブラウン管の中で歌う勇を見て嬉しいけどなんだか淋しい、

 そんな気持ちをシミュレーションしている間に、

 勇は勉強しろと言われ続け、唇を尖らせて自分の席に戻った。



 少し時間をずらして、おれは何気ないふりをして千晶の席に向かう。




「今度は君?」

「いいな、千晶は。

 勇と普通に話せて……」



 千晶は深々とため息をついた。



「……どうして私の周りはこんなのばかりなのかしら」

「なぁ……本気なのか、勇」

「何が?」

「モデル……って、学校やめるつもりなのかな」

「本気なわけないじゃない。

 誰かさんのせいで変な噂になったから、

 勇くんはああやって何もないことを周囲にアピールしているの」



 千晶が言ってる意味がさっぱりわからない。



「変な噂って?」

「それより、話したければ自分で話しかければ?

 君たちのおかげで予習できないんだけど」

「でもおれ、勇に嫌われてるし」

「………話し掛けるんなら今よ。

 勇くんは自尊心傷つけられているから、なんでもいいから褒めてあげれば?」



 傷つけたの千晶じゃん……。



「ほ、褒める?」

「耳の形がいいとか、筆記用具のセンスがいいとか」

「それはバカにしているんじゃないのか?」

「なんでもいいわよ。

 それよりいい?私は予習がしたいって言ってるの。

 意味わかる?



 千晶にまで追い出されて、おれはしょんぼりした。

 勇は背中を丸めて雑誌を開いている。

 もうすぐ次の授業が始まるから、あんまり躊躇している時間はない。









「い、勇」



 やべ、声うわずっちゃった。



「なんだよ」



 あ、返事してくれた。



 勇はいつもの調子で顔を上げる。



「おれ、推薦するよ。

 勇がモデルになりたいんならマジで応援するから、

 だから勇も、学校と両立できるようにがんばれ。

 芸能人なっても、高校出ておいて損ないと思うから」


「……わりぃ、さっぱり話見えないんだけど」

「ナントカボーイ」

「ああ――聞こえてたのか。

 ハハッ、マジなわけねえだろ。

 だいたい、男に推薦されても嬉しくないっつーの」

「そうか……。力になれなくてごめん」

「それよりどうよ、オマエ出てみれば?

 オレ推薦してやってもいいぜ。推薦者にも賞金出るんだよね。

 モデルとかなりゃ進学考えなくていいし、モテんじゃねぇの」

「いや、別に興味ないし」


 勇以外にモテても仕方ないよなぁ。

 武道館一杯分の勇にキャーキャー言われるんなら嬉しいけど、

 さすがに多すぎるな。


「そっか。変わってるなオマエ」

「おれ、桜庭みたいに186センチもないし」

「……そりゃマンガの話だろうが。

 オレに対する嫌味かよ」

「い、勇はそのままで充分だよ」



 忘れてた。

 身長と靴のかかとの高さの話はタブーだった。


 そんなことも忘れるほど、おれは久しぶりに勇と話せた嬉しさにのぼせあがっていた。

 ありがとう千晶。これからお前のことを千晶様って呼んでもいいくらいだ。


「まあ、いいや。

 ところでさ、今日部活出るの?」

「うん」

「じゃあ、終わるまで待っててやるよ」





















 久しぶりに三人で帰ろう、と言う勇に、

 千晶は塾があるからとさっさと帰ってしまった。


 天にも昇る気持ちだったおれは、昇った先でカグツチと出会った並みの緊張感に

 包まれた。



 ふ、二人っきりにするなよ千晶……!



 勇はあっさりしたもので、


「まぁしょうがねえな。二人で帰るかねぇ」


 と頭を掻いた。


 以前だったら異様に喜んでいたところだけど、

 経緯が経緯だけにおれは途方に暮れた。

 何を話せばいいのかさっぱりわからない。



 ヒジリさんとのこととか、どういう風の吹き回しだとか、

 聞きたいことは山のようにあるけれど、どれを踏んでもたぶん地雷だ。



「イヌノ、どっか行きたいとこあるか?」

「別に……。勇は?」

「オレも特に無いんだな」



 せっかく勇と一緒なのに、真っ直ぐに帰りたくない。



 マック。

 ゲーセン。

 人気の無い公園の暗がり。


 どこか行き場所を……と考えている間に、勇がとんでもないことを言い出した。


「うち来る?」



 断る理由なんて、思いつくわけがない。













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