ヒジリさんからは連絡がない。
別にいいけどね。待ってるわけじゃないし。
カノジョだかカレシだか知らないけど、よろしくやってんだろうよ。
オレだって別にヒジリさんに用事なんてねぇしよ。
――一度だけ、本当に一度だけ電話したんだけど、あのオッサン電話にも出やしねぇ。
「なぁなぁ、新田って人妻とつきあってるって本当?」
「ホントホント、いいぜぇ人妻は。優しいしアッチのほうもすげぇしな」
「俺はついに千晶に食われたって聞いたぜ」
「おお、まさか千晶があんなに強くなってるとはな」
「強いって何がだよっ?教えろよ」
「いてっ」
後頭部に思いっきり黒板消しが飛んできた。
出所を見回すと、掃除当番の千晶は澄まして黒板を雑巾掛けしてる。
なんだよ、恨むんなら教室であんな話したイヌノを恨めよ。
噂はすっかり尾ヒレがついて、こーんな↑話になってるわけだ。
しかしなんでオレが千晶に食われるんだ?フツー、逆じゃねぇ?
まぁ、ホモとか呼ばれるよりかはそっちのほうが都合いい。
噂をもっと面白おかしくするためにオレは必死でうそぶいた。
単純なクラスメートどもは、すっかり一目置いた眼差しだ。
「なぁなぁ、なんかいいコツあるのか?」
「きっかけは?」
「親バレとか怖くね?」
うるせえな。
こいつらはみんな一緒だ。
オレのことなんざどうだっていいくせに、いつだって話とマスの種だけ欲しがっているん
だから。
「きっかけもクソもねえよ。向こうから声掛けてきたからな。
ま、あとはトントンと入れ食いってヤツ?ま、オレって顔いいし」
「ギャハハハ!似合わねー新田!」
「ハハハッ、オマエ笑いすぎっつーの」
でもよ、オマエたちの気持ちは痛いほどわかる。
わかりたくもねぇけどな。
「でも俺ババアはやだな。せいぜい女子大生までかなぁ」
「人妻なぁ。どうしてもうちのババァとか見てっとな」
「不細工な同級生よかはキレーなおねーさんのほうがよくね?」
もっと、言葉を。
なんでもいい、なるだけどうでもいい言葉を。
紡がないと、喋らないと。
「でもよ、オマエら一つ気ぃつけとけよ。
人妻なんてあんま入れ込むもんじゃねえぞ。
向こうにはダンナがいるわけだしさ。
こっちも遊びって割り切れねえヤツがうかうか手出すと
泣きを見るだけだぜ?」
黙っていると、気が狂いそうになる。
東京ラバース
「さっき小林いなかった?」
「あ、あの変な傘。やっぱそうか」
「声掛ければよかったな、新田」
「はぁ?アイツが渋谷なんて一人で来てるわけねぇだろ。
何見るんだよ。新しいジャージかよ」
みんながどっと笑った。オレも笑いながらバーガーの食いカスを丸める。
センター街のマックはいつも混んでるから、メシ食い終わるとさっさと追い出されちまう。
こう雨ばかりだと女の子も店もあんま見る気が起きない。
ヴィンテージジーンズの裾ばかり気になる。
「次どこ行く?カラオケ?」
「野郎ばっかで行ってもしょうがねぇよな。新田、誰か呼び出せよ」
「……わり、オレ帰るわ。雨やまないし。服濡れるの嫌なんだよね」
やっぱダメだ。
こいつらといてもつまんねぇ。
女子呼んでやってもいいけど、女が混じると気ぃ使うしな。
休日に一人でいるのも淋しいもんかと思ったけど、大勢といて淋しいほうが余計堪える。
「んじゃ、またな」
「うぃっす」
「ヒトヅマによろしくなー」
盆だけ片付けて狭い店内の階段を降りた。
帰る気もしねぇし行くあてもない。
あいつら、いなくなった途端オレの悪口言ってんだろうな。
でも、そんなことももうどうでもいい。
どうすっかねぇ。新宿出るかなぁ。
ほんとにイヌノがいたのかな。
いてもいなくても、携帯で呼び出せばすぐ来るんだろうな。
どうすっかな。そうすっかな。
でもだめだよな。オレ、ひでぇこと言っちまったし、
あいつの顔見て何話せばいいかなんて見当もつかない。
あてのないまま左手に傘、右手に携帯を持ちながら駅へと歩いていたら、
「うわっ、と」
急に右手が震え出したのでオレは足を止めた。
イヌノかな、と思ったら名前がアレなので、一瞬躊躇ってから電話に出る。
「……よぉ、久しぶり」
『やっと終わったよ。