たとえば祐子先生とか、ヒジリさんとか。
タメのおれじゃやっぱ頼りがいないし、せいぜいパシリぐらいしか役に立たないのか。
「……感情ではなく、勘定だ。
だから――違う」
「え?」
ぼんやりフォークの先を見つめていたおれは、一体何の話なのかさっぱり見えない。
「いや、なんでもない。
……気にしないでくれたまえ。
それより……手が進まないようだが、口に合わないのかね」
「や、うまいです。まじで」
「……そうか」
拾ったタクシーが向かった先は、なんだか高級住宅街のど真ん中にあるレストランだった。
来る途中の標識で、かろうじて目黒区ということだけはわかる。
いつものようにジャージに短パン姿のおれは場違いどころの騒ぎじゃない。
躊躇しまくっていると、
「カジュアルフレンチだから、気にすることはない」と、
氷川さんはえらい優しくエスコートしてくれた。
かろうじて肉ということだけがわかる、恐ろしく手の込んだ食い物を口に運び、
蝋燭の明かりに照らされる氷川さんを盗み見る。
包帯がまだ取れない右手はテーブルマナーには不向きこのうえない。
氷川さんこそ食欲がないのか、申し訳程度に料理を崩しただけで、
こじんまりとした庭園を無表情で眺めていた。
細いわけだよな。こんなに食わないんじゃ。
「肉……」
「何かね」
「残すんなら、もらってもいいですか?」
「――好きにしたまえ」
皿を取り替えてもらい肉を食う。
食器は外側から取るということも、今日初めて教わった。
これから役に立つことがあるのかは知らないけど。
氷川さんは不機嫌そうな顔で肉を食らうおれを見ている。
やっぱりあとで食べるつもりだったのかな。
「……美味いか、少年」
「はい」
「そうか……。
やはり食事は……誰かと一緒のほうがよいのかもしれんな……」
一応、楽しいって言ってくれてるのか?これは。
シジマの人だけあって、表情から感情がまるで読み取れないんだよな。
「我が社でアルバイトも募集しているのだ。
確か、高校生……だったな。君さえよければ働きたまえ」
「こないだ氷川さんが着ていたハッピですか」
「……人が足りずに酷い目にあった」
「意外と似合ってました」
「やめたまえ」
氷川さんはやれやれと頭を振る。
「時に――少年」
「はい」
「まだ童貞かね」
おれはむせた。
「そんな2、3週間で簡単に捨てられるもんじゃないですよ……」
「経験を急いでどうする。
君が期待するほどのものとも思わんが。……肉欲など不毛なものだ」
「自信が欲しかったんです。
なんか最近、何やってもうまくいかなくて……。
おれまだガキなんで、早く大人になりたいんですよ」
「それで……泣いていたのか」
「……まぁ、色々あって……。
あと、ぬくもりが欲しいというか。
優しさが欲しいというか。
純粋にセックスがしたいなぁというか……」
「誰でもよかったのかね。あの時も」
「いや!
それはやっぱ……氷川さんだったから……」
氷川さんは訝しげだ。またやっちまった。
“初めて殺されかかったときから、スタイルいい人だと思ってました”
とは言えないので、
「テレビに出演していたときから、かっこいい人だなぁと憧れてました」
と誤魔化した。
「それが君の本心かね?」
氷川さんはにこりともしない。
ま、こんなもんか。
「す、すみません。おれ男が好きで……」
「よかろう」
急に氷川さんが席を立ったので、また怒らせたのかとおれはフォークを握り締める。
「帰るんですか?あの、まだデザートが……!」
「よかろうと言っただろう。
君の童貞、私が貰い受けよう」
まじすか。
というか……氷川さん……あなたも……
あなたすらも……