告白なんてするんじゃなかった。

 あんなこと言わなきゃよかった。

 頭に浮かぶのは、そんな言葉ばかり。





















「昔のマンガとかでさぁ、なんで悪役って指鳴らすんだろうな」

「指太くなるからじゃないの?

 オレもさ、練習してんだけど全然鳴らないんだな。これが。

 あんな音出ないだろフツー。

 アレ、絶対口で言ってんだぜ。『ポキッポキッ』って」

「ギャハハハ、新田って頭悪ぃだろ。手ぇ貸してみろよ」

「いて!いてぇ!骨折れるって!マジで!

オレぜってぇ悪役とか、無理!指鳴らねぇし!」











放課後の教室で勇の笑い声が否応なしに耳に入ってくる。

以前はおれと話していたようなバカ話。

一瞬だけ入り口近くの机を向くと、派手めなクラスメートに指を掴まれ

逃げ回る姿が垣間見えた。



そうだよな。

おれたちといる理由なんて、今の勇には無い。

こうして勇の姿を覗き見ているおれは、一年の頃に逆戻りした気分だった。



 去年はクラスも違ったから、たまに合同教室で一緒になるくらい。

あとは校庭や廊下で時々姿を見かけた。

勇は見る度違う奴といたし、誰といてもよくしゃべりよく笑ってた。








だから、会話が途切れたときや、たまに一人でいる時のつまらなそうな表情が

ひどく印象的だった。もっと話しかけられればよかったのだけど。






 今にして思えば、



 
あの頃からずっと、勇は世界の終わりを待っていたのだろう。

 きれいな横顔で。













「ちょっと、聞いてる?」

「聞いてるー……」



 千晶だけはいつも変わらずおれの傍にいる。仁王立ちで。

 二年になって、勇と同じクラスになれたときは、

 この高校に誘ってくれた千晶に心の中で感謝したもんだったけど。



「プリント、今日まででしょう?

 書けないなら代わりに書いてあげるからさっさと提出しちゃいなさいよ。

 祐子先生が困るじゃない」

「昔のマンガとかでさぁ、なんで主人公の幼馴染みって

 毎朝起こしに来てくれるんだろうな」

妄想だからでしょう。

 君の読むくだらない本なんて知らないわよ」

「結局なんもかんも妄想か……。

 リアルがどこにあるのかわかりゃしねぇ

「わけのわからないキレ方しないでくれる?

 具合悪いの本当に手だけなんでしょうね」

「将来はガラクタ集めになります」

「……もういいわ」



 千晶は人の返事も待たず、進学希望に丸をつけるとさっさと行ってしまった。

 おれは一人でマネカタの震えを真似してたけど、

 誰も見てくれないのでむなしくなった。



 あ。



 今、勇と目が合った気が。



 ……気のせいか。



 ………。




 いや、気のせいじゃない。

 も一回そっちを向くと、勇がものすげえ不機嫌そうなツラで机の脇に立っていた。



「新田ー、先行ってんぞー」



 ぞろぞろと帰るクラスメートに軽く手を挙げ、反対側の脇にはショルダーバッグと、

 紙のはみ出たルーズリーフを抱えている。



「な……なに?」



 尋ねる声が裏返った。

 勇が自分から来てくれて、嬉しいんだけど、色々ありすぎて素直に喜べない。



「あのな、それ、こっちのセリフ。

 言いたいことあんならはっきり言えよ。

 チラチラ見られるのとか、いい気分するもんじゃないぜ」

「うん……ご……」



 いつものくせで謝りかけ、これじゃいけないと頭を振る。



「――ヒジリさんとつきあうのか?」



 よく手入れされた、勇の眉がぴくりと上がる。



「……オマエに関係ねぇだろうが」

「せめて教えろよ、勇」

「大体さ」



 勇が身を屈めて声を落とした。



「――……逃げたのオマエだろ。どうこう言われる筋合いないから」

「勇、お前遊ばれてんだぜ。それでいいのかよ?

 まともな大人がおれたちみたいな高坊と真面目につきあうわけねえだろ!」

「バカ、声でけぇよ」



 教室に何人か残っている女生徒が、ぎょっとした顔でこちらを見ている。

 おれは久しぶりに勇と話せて、わだかまりを吐き出すのに必死だった。



「千晶が慶大生とつきあってた時は何も言わなかっただろ。

 なんでオレん時だけキレてんだよ」

「千晶が誰を食おうが知ったこっちゃねえけど、勇が食われるのは許せねえよ!」

「はぁ?……ワケわかんねー」

「目、覚ませよ勇!

弄ばれてんだよっ!ヒジリさんの都合いいようにさぁ!!」



 ひどいことを言ってるのは自分でもわかった。

けれど勇は怒りもせず、いつものように笑いもせず、無表情で目を反らした。






「知ってる」






 拍子抜けしたおれは、立ち上がりかけていた腰をすとんと落とす。

 握り締めすぎた右手の包帯が緩んでいた。

 女子がこちらを見て何か耳打ちしている。



 勇は机に視線を落としたまま、淡々と小さく言葉を繋げた。



「……ヤッたとかヤりたいとか、ソレ、つきあうのとかと関係ねぇから。

 いい加減気付けバカ」



 そうしてくるりと背を向けた。

 教室から出て行くときに、ルーズリーフの中身を丸ごとゴミ箱にぶちまける。

 ゴミ箱を蹴飛ばして、あとは廊下を走っていく足音。



 おれはケガをしていないほうの手で頭を押さえていた。

 勇を傷つけたこと、自分の気持ちをヒジリさんと同列に扱われたこと、

 どちらも同じくらい悔しかった。
























 校舎に夕暮れが満ちて、下校を促す放送が終わるまで、おれはそうしていて、

 帰り際に、気になっていたゴミ箱を覗く。

 そこには丸めてつっこまれたコピー用紙が、埃に塗れてくたばっていた。

 勇の下手な文字で書き綴られた、授業のノートのコピー。

 一枚ずつめくっていたら、一箇所だけ目立たない位置に直筆で



 『オマエがケガしてっと、オレがパンにあぶれるだろ』



 というシャーペンの走り書きと、チョココロネのヘタな絵が並んでいた。














 ――あんなこと言わなきゃよかった。

 頭に浮かぶのは、本当に、そんな言葉ばかりで。


















                                                      東京ラバーズ



















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