「はははははっ!」

「……ヒジリさん、ウケすぎ」



 オッサンはまだ笑ってて、居酒屋のテーブルに突っ伏した肩が震えてる。




「悪ぃ悪ぃ。だがな、それはお前が悪いだろ勇。

 相手の小僧の気持ちを考えてもみろや」

「わかってるわかってるって。

 でもさ、初めてじゃないからヤダとか、

 その程度なんだろ。あいつの気持ちもさぁ」

「いや、そこじゃないだろ。問題は」

「理由がなんでも同じことだぜ。

 結局、オレのことなんて理解してないし、

必要としてねえの。アイツは」



 イヌノとはますます仲がこじれただけだった。

 間に立ってる千晶には悪いけど、あいつもどっちかっつうとイヌノ側の人間だから、

 あんま込み入った話するわけにもいかないし。




 オレは、自慢じゃないけどトモダチは多いほうだと思う。

 カラオケに行くときに集めるメンツも、合コンのときに誘う女の子も

 全部ケータイの中に入ってる。



 でも、恋愛ごと、ましてや野郎同士でどーのこーのだなんて、

面倒な話をできる相手といったら、

 目の前でビール飲んだくれてるこのオヤジしかいなかったのだ。



 さすがにヒジリさんの名前出したのはヤバイかなと思ったから、

 別の男とやっちゃったって話した、ってそれだけを告げて。






「――オレさ、恋愛に重要なのは互いのタイミングだと思うんだよね。

 アイツとはどうもそれが合う気がしねぇんだよ。

 いて欲しいときに絶対来ねぇとか、

 いなくていいときに現れるとか、

 それって結局、縁がないってことじゃないの?」

「まぁ、真理の一つではあるな」

「だろ?」

「だがそれは、努力を放棄するための言い訳でもあるぜ」

「レイパーのくせに偉そうだぜ、ヒジリさん」

「おいおい、人聞きの悪いこと言うな。

 ありゃ合意だ」



 そう言って屈託なく笑う。



 オレだってさぁ、あんなヒドイ目に遭わせたオヤジに会うなんてどうかと思うよ。

 ま、でも、だからってヒジリさんを避けたら本当にオレが傷ついたみたいだし。

 ヒドイことしないから、って言葉信じて、ノコノコラブホまでついてった、

オレがウカツなのかなって気もしてくる。



 たとえあれが強姦で、オレがそれで傷ついていたとしても

それを認めたら、余計傷つくのはオレのほうだ。



 だから何にも無かったことにする。

 オレはこれっぽっちもショックなんか受けてないし、

 ヒジリさんは酷いことなんてしてない。

 それがオレのためにも、相手のためにも一番いい。





「だいたい、Anal fuckは強姦にはならんしな」

「あ……何?」

「お前の尻に」

ストップストップ!言わなくていい!」



 オレは危うく飲んでるジンジャーエールをぶっかけそうになった。

 オシャレな居酒屋で何を言い出すんだか、このオヤジ。





「……なんか時々流暢な英語しゃべるよね、ヒジリさんて」

「ああ、あっちの生活長かったせいかもしれん」

「あっちって?」

「アメリカ」

「へえ……見かけによらねえな。何しに行ってたの」

「まぁ……色々だ」



 なんか、聞かれたくないとこなのかもしれない。

 ヒジリさんにしては、珍しく言葉を濁して煙草に火を点ける。

 オレは話題を変えた。



「男同士って、強姦にならねぇの?」

「日本の法じゃせいぜい強制猥褻だな」

「いや、その前にオレ未成年なんだけど……」

「だから酒飲ませてないだろ」

「素面でこんな話やってらんねえぜ。

 酒飲ませろっつうの」

「飲み屋で酒飲ませてみろ。

 保護者の俺と店に迷惑かかんだろうが」

「あんたに保護された覚えないね」

「可愛くねぇなぁ」



 ヒジリさんはヤニ臭い指を伸ばし、オレのキュートな鼻をつまみ上げた。



「いていていていてぇ!」

「……飲みたいなら、うち来るか?勇」

「行く」



 あんまなんも考えずに、鼻引っ張られたまま頷く。

 家に帰りたくないし。





















「――いざという時に、素直になれんと、

 そのうち取り返しがきかなくなる」



 代々木上原に向かうタクシーの中、雨が当たる窓の外を見ながらヒジリさんは

ぽつりと言った。

 こちらに言ったのか、独り言なのかわからなかったから返事はせずに、

 オレは肩に回された手だけを気にしていた。





 ――取り返しねぇ。












もう、とっくにきかねぇよ。






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