ふざけんな。
ふざけんなふざけんなふざけんなふざけんな、勇。
なんだよそれ。聞いてねえよ。
なんでやってんだよ。なんでヒジリさんなんだよ。
もう、わかんないよ、お前が。
もう日が暮れたというのに、おれは新宿東口のロータリーに座り込んで動けなかった。
携帯電話の宣伝アナウンスがうるさい。
家、帰らなきゃな。だるい。
包帯を巻いた右手が、ずきずきと熱を持って痛い。
保健室で診てもらったら、
『骨までいってるかもしれないから、病院行きなさい』
とか言われ、新宿衛生病院に行って帰る途中。
折れてはいないけど、なんか骨がずれてるとか言われて、
しばらく右手は使えないらしい。
はは、失恋した上にオナニーもできねえのか。情けねえなぁ。
勇の話を聞きながら、何度教えてやろうかと思ったか知れない。
ヒジリさんはさ、物分りのいい大人ヅラして、
おれたちどっちかを殺すつもりだったんだ。
それを教えたのが、勇、おまえだろ。
そう言ってヒジリさん殺したんだろ。
なんでその相手とやってんだよ。
くたばってりゃよかったのにとか言われてんだぜ、お前。
知らないなら教えてやろうかと思ったけど、
どうせ言ったって信じるわけないしな。
頭おかしいとか思われるのがオチだよ。
――それに、勇にあの頃の記憶を思い出させてはいけない。
何があったってそれだけは。
自分が人を殺したとか、
あんな辛い目にあったとか、
世界に絶望していたとか、
そんなこと思い出したって、勇を苦しめるだけだ。
「やだ、雨降ってきたよ」
ロータリーを行き交う男女がそう言って傘を開く。
泣きっ面に蜂か。
地面に増える黒い点を眺めていたら、本当に涙が出てきた。
泣けるのはおれが人間だからだ。
死ぬ気でした告白の返事があれかよ。
おれの気持ちなんてその程度かよ。
ヤリケツみたいな口叩きやがって。
おれが童貞じゃなかったら、お前なんか体育倉庫に連れ込んでやっちまうとこだったぞ。
ちくしょう、おれだって勇とセックスしたいよ……!
「……君、こんなところで何をやってるのかね」
ふと、雨の感触がやんだ。
顔を上げると、青いハッピを着た細身の男がおれに傘を差しかけている。
生え際の位置がわかりづらい前髪には、ハチマキが巻かれ、
ハッピの襟と同じ『ケータイ買うならサイバース!』のポップ文字。
「……………氷川……さん」
おれがうっかり名前を言っても、氷川さんは動じなかった。
そうだよな。テレビとかよく出てるし、有名人だから名前知られてても当然か。
しかし細かい仕事までやってるんだな。
「泣いているのか……?そうか……困ったものだ」
氷川さんはごそごそとポケットを探り、ポケットティッシュをおれに手渡した。
そこにもやっぱり『ケータイ買うならサイバース!』の文字。
「……知っているかね。
“六月は残酷な季節”……そう言った詩人がいる。
……まぁ、雨とか、多いものだし………。
何があったのかは知らんが……元気を出したまえ。
感情など煩わしいものだが………時には涙を流すことも必要だ」
相変わらず何を言っているのかさっぱりだったが、
目の前で途方に暮れる高校生を慰めようと、そんな気持ちはひしひしと伝わってきた。
弱っているときほど、人の優しさが身に染みる。
おれはもう号泣寸前だった。
「この傘は……君にやろう。
気をつけて帰りなさい……」
『ケータイ買うならサイバース!』と書かれた、キャンギャル仕様の傘をおれに握らせると、
氷川さんは青いハッピを翻し、宣伝テントに戻ろうとした。
新宿の雨なんか頭髪に悪いに決まっているのに、おれのために傘をくれた。
「氷川さん!」
その気持ちが嬉しくて、おれは気付いたら氷川さんのハッピの裾を握っていた。
「な……何かね」
戸惑う氷川さんが濡れるのも構わず抱きしめる。
「……おれの――おれの童貞、もらってください!」
「もうあんな真似するんじゃないよ」
「はい、すみませんでした」
――二時間後、おれは警備員にさんざんお説教された上で解放された。
雨が上がっていた。
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