財布に入れっぱなしの名刺を取り出して、走り書かれた携帯番号を押す。

繋がらなきゃいいのに、という気持ちと裏腹に、

3コールで相手はすぐに出た。



『よう、元気か』



 声を聞いた瞬間後悔した。



「ああ、お陰様でね」



『そりゃよかった。

 で、どうだったんだ。うまくいったか?』

「うまくいったら電話なんかしねえって。

 たびたびで悪いんだけどさ、頼みがあるんだ。

 ――こないだのアレさ、まだ有効?」



 ケータイの向こうから、ヒジリさんの抑えた笑いが聞こえた。























先に風呂に入らせるのは、つまり相手を逃がさないための小技だ。

まぁそんなわけで、風呂上りのオレはベッドでビールを飲みながらヒジリさんを

待っている。

ラブホのこの浴衣みたいなローブ、なんとかなんねぇのかなぁと思いながら

アダルトビデオをぼーっと眺めてる。

メニューは『淫獣女教師童貞狩り』



 ヒジリさんは直球だった。

 二人でだらだらメシ食って適当な話して、なんだこないだのセリフ忘れてんのかと

安心してたら、



「じゃあ、ホテル行くか」



 とあっさり立ち上がった。

 なるほどねぇ、女のコはこうやって誘えばいいんだ、と

オレはヘンなところで学習していた。



 野郎同士とか、オレの歳とか、新宿のホテル業者は慣れたもんなのか、

ノーチェックで通ったことをオレのほうがビビったくらいだ。









「面白いか?」

「……っ!」



 前置きナシにヒジリさんが風呂場から顔を出したので、オレは持っていた缶ビールを

こぼしそうになった。



「んーだよ!驚かせるなよ!

 突然裸で出てきたらビクッとするだろ!」

「……ここはそういうところだろうが。今さら怖気づいたのか?」



 ヒジリさんは腰タオル一枚の姿でオレの横に座った。

 チョーカーをつけたままなのがまたイヤらしい。

 オレはちょっとだけ反対側に逃げた。

 持っていたビールが取り上げられ、ヒジリさんが口をつける。



 出た、小技その2。さりげない間接キス。

 さっすが年季入ってんなぁ。いちいち運びがスムーズだぜ。

 っと、感心している場合じゃねえか。



「いいぜ、怖くなったんならエロビデオでも観てろ。

 おれは構わんがな」

「こ、怖くなんかないっての!

 今いいとこだからさ、もちっと待っててくれよ」

「いいとこが終わったようだな」

「あ」



 でかい画面に視線を戻すと、巨乳の女教師が男優を踏んづけるカットでエンド

マークが出ていた。恍惚とした男優のアップ。どんなAVなんだコレ。

急にヒジリさんの手が股間に伸びてきたので、オレは今度こそ飛びずさった。



「うわっ!なんなんだよ急に!」

「なんだ、被りつきで観てたわりには興奮してねえな。勇」

「女優が好みじゃねえんだよ。ほっとけ!」

「そんなに固くなるなよ。こっちまで恥かしくなるだろうが」

「固くなってねえの、今わかったろ?」

「ハハ、面白い奴だな。お前」





 ああもう、しょうがねぇ。覚悟決めるか。

 ここまで来て逃げたらぜってぇバカにされるしなぁ。

 元はといえばイヌノが悪いんだし。

 あのバカがあんなこと言い出さなきゃ、ちくしょ。






「ヒジリさん、最初に言った約束覚えてるよな?」

「ああ、覚えてる」

「その1『最後までしない!』

 その2『オレがストップって言ったらそこでやめる!』

 その3………………えと、なんだっけ」

『キスは無し』だろ?」

「そ……そう、それ!」

「わかってるわかってる。わかってるからそう怯えんな」



 ヒジリさんはなだめるようにオレの肩を抱き寄せた。

 でかい掌で頭をわしわしと撫でる。

 なんだろ、いい匂い。ボディソープじゃねえよな、コレ。



 オレは目をぎゅっとつむって、ヒジリさんの肩に頭を預けた。

 長い人生、一回くらい男同士を試してみても悪かないだろ。

 どーしてもダメだったら逃げりゃいいんだ。



 イヌノの顔がちらっと浮かんだけど、オレは慌てて振り払った。

 オマエのせいだかんな。だから今は思い出さない。

 ヒジリさんにも、イヌノにも悪ぃし。






 耳たぶに何か触れた。濡れた感触。舌だ。

 くすぐったさに身をよじると足にヒジリさんご自慢のツチノコが触れた。

 すげえな、ビンビンだぜ。オレ相手になんかよく興奮できるよな。

 恐る恐る目を開けるとヒジリさんが「スケベ」と囁いた。



「……でけぇ」



 ……本当にご立派だった。まさにUMAだ。

 オレ、自信なくしそうだよ……。



「欲しくなったか?」

「ハハ……別の意味で欲しいかも……」



 ヒジリさんの手が薄っぺらいローブを剥がしてオレを裸にする。

 押し倒されてベッドがきしる。厚い胸板に、自分以外の男の体臭。

 太腿やわき腹を撫で回され、オレは必死で声を堪える。



 「…ん……」



 首筋を舌が這ったとき、とうとう噴き出してしまった。



「アハハハハハハ!だ、だめ!くすぐってぇ!

 足とか……ハハ……!弱いって!マジで!」

「あ、こら暴れんなや」

「ヒャハハハハ!くすぐったいくすぐったいっ!!ストップストップ!

 息できねって!!」



 一度笑い出したら止まらなくなってしまい、オレはしばらく腹を抱えて笑い転げていた。

 笑っちゃ悪いと必死で我慢したんだけど、こそばゆいもんはこそばゆい。



「ハ……ハァ……ハハハ……マジごめ……ヒジリさん。

やっぱオレダメみたい。男同士とか、無理!

ま、わかっただけでもよかったわ。サンキュ」



 礼を言って身を起こしかけると、すげえ力で引き戻された。

やべ、怒らしたかとヒジリさんの顔を見上げる。

ヒジリさんは笑ってた。すげぇ楽しそうにオレの乳首をぎりっと抓む。



「……っ!いってぇって!何すんだよ!」

「――勇は、痛いくらいのほうが好みか」



 上目遣いで尋ねられて息が詰まった。

ねじられた先端から鋭い痛みが爪先まで伝わる。

オレはどうにも、肝心な時に逃げ足が遅いらしい。













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