……4時間後、おれはバスローブとトランクスだけで先生のベッドの上で正座していた。

 ユニットバスからは先生がシャワーを使っている音が聞こえてくる。

 ドラマでよく見るよな。こういうシチュエーション。





 弱りきったおれは祐子先生のマンションで夕飯をごちそうになり、

 勉強もせずにだらだら話を聞いてもらってた。

さすがに勇の名は出せないけど、とりあえず失恋したということだけ話すと

『君を振るなんて見る目がないのね!』

とかそんなお約束を言ってくれて、

『お風呂でも入ってったら?』

とお定まりのパターンになった。





祐子先生がおれのこと好きなんだろーな、というのはなんとなく知ってる。

そのお陰で東京受胎に巻き込まれ、あげくの果てに世界に絶望してたの。

なんてメールをもらったときは正直女じゃなきゃグーで殴ろうかとも思った。

まぁでも、勇の好きな先生だし、癒し系だよな。確かに。(電波もあるけど)



 メシもうまかったし、何より先生は、ボルテクスの記憶を共有できる唯一の人だ。

おれがあの絶望的な世界で奮闘していたことを、誰一人知らないとしたら、

やっぱり、寂しい。




 『この変態』





 勇に言われた言葉に打ちのめされたのもある。



 ちくしょう、おれは(多分)変態じゃないぞ。

 やろうと思えばいつだって童貞も切れるんだ。お、女だって……!






 水音が止まった。





 落ち着かない。

 手持ち無沙汰に脇にあった枕を抱きしめると、

その下にコンドームが隠されてて慌てて戻した。

どう見ても一ダースはあった。



殺る気だ……!



 じゃない、



犯る気だ……!



 コンドームが突発的に勇を思い出させる。

ちくしょう、お前が悪いんだからな。

お前が、どんどんおれを置いていくから。





間近で見た勇。

おれを突き飛ばして逃げる勇。

無理して煙草なんて吸うなよ。

いつも不味そうな顔で吸って、咳き込んで。

だから足が伸びねえんだよ。



 何が『オレのことなんて何も知らない』だよ。

あの世界でお前が何に絶望して何を求めたか、

全部知ってるのおれだけなんだぜ。

お前の苦しいとこ、みっともないとこ全部見て、

それでも、



 ――おれ、やっぱり勇が好きだ。

 ずっとシカトされても、罵られても、やっぱ勇が好きだ。

 逃げられるのとか今更だし。

 あいつがもう一度破滅さえしなきゃ、それで。










ずいぶん時間が経ったように思う。

脂汗を流すおれの前に先生がバスタオル一枚の姿で現れた。

シャワー後というのに化粧まで直してある。

ちらりと見える胸元と太腿。圧倒的な存在感。

脳内ではエンドレスで『オリーブの首飾り』が鳴りっぱなしだ。



「お待たせ」



 という言葉を言い切る前におれは正座のまま土下座していた。



「すみません、先生。



 やっぱ女じゃ勃ちません………っ!」









おれは裸のままマンションの廊下に叩き出された。
 
 ややして服と鞄も扉から吐き出される。

エレベーターの陰でこそこそと服を着た。



後悔は、無かった。




























「それじゃ宿題を返します。呼ばれた人から前に来て。

 ――小林くん」



 
次の日の授業、返ってきたノートの中には真っ赤な口紅ででっかく、




バカ


とだけ書かれていた。









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