二人は一瞬にして固まった。
先に我に返った勇がイヌノに毛布を被せる。
ほぼ同時に、がらりと大きな音を立てて引き戸が開く。
ジャージ姿の女子生徒もまた、彼らと同じクラスの少女だった。
「勇くん?」
「……っ!
んーだよ! 驚かせるなよ千晶っ!」
気心の知れた仲の侵入者に、勇はカーテンの陰で胸を撫で下ろした。
この少女なら、たとえこのカーテンが開いたとしていても、誰かに言いふらしたりはしないだろう。
それでもやはり勇は、この布切れ一枚に感謝した。
恋人と睦みあっているところを他の誰かに見られたくはないし、彼女の嫌味はいつだって辛辣なのだ。
「ちゃんとノックしたわよ」
リノリウムの床を滑る上履きの音が、カーテンの前で止まる。
「あ。カーテン開けないでね。オレ今着替え中でセルフヌードだから」
上擦った声でうそぶいた。
その言葉を信じたかどうかさだかではないが、千晶の足音がそれ以上近づく様子はなかった。
「頼まれなくったって開けないわよ。
それよりもイヌノくん知らない? 戻ってこないって祐子先生が探してたわよ」
毛布の下でイヌノの頭を押さえながら、勇はさらりと嘘を重ねる。
「さぁなぁ。さっき来てすぐ出てったけど。
外で自主マラソンでもしてるんじゃない?」
「知らないならいいわ。あんたもサボりはほどほどにしなさいよ」
「へえへえ」
言いたいことだけ言うと、来たときと同じように千晶はあっさり出ていった。
安堵のため息を漏らす勇の胸元から、イヌノがおそるおそる顔を出す。
半脱ぎの上履きを引っかけた足がシーツからはみ出している。
「……千晶、行ったぜ」
「あ、うん」
「………考えてみりゃ、別に隠れることもなかったのかもな。
でもま、千晶ならともかく、カーテン閉めて男二人が向き合ってるとこを他のヤツに見られるのはなぁ……」
もう一度ため息をついて、勇は枕に頭を沈めた。
イヌノは体重をかけないように馬乗りになりながら、何か楽しそうに勇を見下ろしている。
「ビックリしたな」
「……まだ出てくなよ。
千晶にああ言っちまった手前、今オマエが出てったら逆にヤバイからな。
もうちょっとここで時間潰してけ」
イヌノは困った顔で笑い、
「おれまでサボっちゃまずいよな」
『小林』と書かれた上履きを放り投げ、狭いベッドの片側に寝転がる。
勇は指の背でイヌノの頬を軽く撫で、
「腕」
腕枕をねだった。
消毒薬の匂いが満ちた空気に、恋人の匂いが混じり、勇は落ち着いた表情を見せた。
勇は腕枕が苦手だ。
男の二の腕は枕にするには低すぎるし、自分の頭が重すぎるんじゃないかと落ち着けない。
でも、今日は特別だ。
「どうしたの?」
珍しく甘えてくる勇を、イヌノは喜びながらもいぶかしむ。
「肩、ぶつかって邪魔だったから」
そうだ。
待っていたから彼は来た。
何も怯えることはない。
悲しむことはない。
淋しがることなど何一つ無いと言うのに。
「や、すげえ嬉しい」
イヌノは勇の前髪をいじりながら、真摯な眼差しでその目を覗きこんでいる。
この無遠慮な視線も勇は苦手だった。
愛おしさが剥き出しで、どんな顔をすればいいのかでよくわからない。
やはり今も受けきれず、目を反らしてイヌノの端正な顔を思いっきり横に引っ張った。
「いさう、いたいよ」
「うるせえ。オマエなんかもっとブサイクになっちまえ」
――そうしたらオレだって、こんなコンプレックスみたいなモン抱えながらつきあわなくったって済むのに。
不条理なことを言われたイヌノは、枕になっていた腕をそのまま曲げ、ヘッドロックで仕返しに走った。
「いてえっ」
そしてそのまま顔を寄せ、キスの続きになった。