「花火大会?」
「調布の」
「……フツーは隅田川とか、もうちょっと規模のでかいヤツ誘うんじゃない?」
「だってこれが一番日程近いし」
目的はなんでもよかった。
とりあえず、勇をどこかに誘う口実が欲しかっただけだ。
T o k y o L o v e r s , S u m m e r g a m e.
.
終業式後のHRが終わると同時に、おれは勇の教室へ急いだ。
通知表だの夏季講習だの、悩みのタネは山ほどあれど、
おれの胸は夏休みに向けた開放感で満たされていた。
期末最終日も塾が控えてたから勇とは大した話もできず、
おれたちの間はまだぎくしゃくしたまんまだった。
でも、さすがに十ヶ月もつきあっていればおれだって少しは学習する。
理由もわからず謝ると、勇は絶対逆ギレするので、
喧嘩の後はなるたけフランクに接したほうがいいということとか。
ちょっとしたお出かけデートはなるべく直前に誘うとか。
(なんせ勇は気が変わりやすいのだ)
「うーん、日曜なら平気かなぁ」
「よかった」
「……なんだよ、そのニヤケ面」
「え、だって、久々のデートじゃん」
こういうことを言うときは、他のヤツに聞こえないようになるたけ小声で言うとか。
普段なら照れて、
『ばーか』
とおれを小突くはずだけど、なぜだか勇はデートという単語に顔を曇らせた。
「……まぁ、遅れずに来いよ」
あれ?
なんだろ。花火ってのが気に食わなかったのかな。
プールの方がよかったかな。
なんか下心丸出しっぽくて避けたんだけど。
「あのさ、勇」
まぁいいか。
一応約束は取れたんだし、明日から夏休みだし。
「何?」
「帰り、マック寄ってかない?」
「悪ぃな。 これからカテキョー来るんだ」
勇が家庭教師取ってたなんて初耳だ。
「え。 カテキョーって、男?女?」
「これが残念なことにモッサい野郎でさぁ。
女教師だったらもうちょっとやる気でるんだけどな」
勇は残念そうだったけど、おれは男と聞いて胸を撫で下ろした。
なんたって勇は女教師と呼ばれる人種に目がないのだ。
いや待てよ。わかんないぞ。
おれの勇はかわいいし、勇ん家は留守がちだし、
タンクトップの脇から覗く乳首や、ジーンズの上からでも判る小さいお尻に、
そのモッサい男がムラムラしないとは限らない。
大体おれ以外の男と部屋に二人っきりとか、そんなのゆ、許せねえ。
「やめろよ!
家庭教師なんてお前には似合わない!今すぐクビにしろよ!!」
「勝手なこと言うなよ。意味わかんないし」
「せめて終業式の日くらいゆっくりすればいいのに……」
「そういうワケにもいかなくてねぇ。
じゃあな、イヌノ。また日曜日な」
「なるべく露出の少ない服着ろよ!
あと、何かあったらすぐ逃げろよ!」
「あるかバカ! 死ね!」
なんか怒られた。
せめて駅まで一緒に帰りたかったのに、
勇はあらん限りおれを罵りながら走り去ってしまった。
うーん、心配しすぎたかな。
しかし予備校の他に家庭教師だなんて、
勇もおれの知らないとこでがんばってるんだなぁ。
そうだよな。さすがに受験だもんな。
おれはなんとなく置いてけぼりの気分で、
(まぁ実際置いていかれたのだが)
その家庭教師が筋金入りのノンケであることを念じながら一人淋しく帰った。
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