「………勇」
「なんだよ」
「…………お前に別れ話切り出されるの、今年に入ってからもう14回目……」
「ハハ……よく数えてんな。オマエ」
おれは脱力して、勇を掴む腕を緩めた。
誰かとつきあうなんて初めてだから、比較対象も無いけど、
それって随分多くないか?
本気で言っているわけじゃないと今まで取り成してきたけれど、
だからって悲しくないわけじゃない。
言われるたびに、そんな簡単に終わらしてもいいのかと泣きたくなってくる。
それにこれだけ言われるとさすがに、
「……本気でおれと切りたいのか?」
そう、思うじゃねえか。どうしたって。
「……………」
「おれ………確かに気ぃ効かねえしバカかもしんねえけど、
勇のこと好きだからこれでもがんばってんのに、
一生懸命がんばってんのに……、
それでも全然足りねぇのかよ……」
「だからさぁ!」
苛立たしげに向き直り、額の汗を拭きながら勇が声を荒げた。
「がんばるってなんだよッ!?
そんなしんどいんなら……最初から……」
さすがに周囲を気にしたのか、そこで息を吐いて声を落とした。
「………だから、友達のままのほうが……いいって………」
俯き、搾り出すような勇の声。
「しんどくなんか――」
無い、と言いかけてそれは嘘だと口をつぐむ。
そして勇は、そんな逡巡だけはえらく過敏に察知する。
「もうオマエなんかどうでもいいし関係ねえよ!
勝手に女とでもイチャついてろバカッ!!」
怒鳴り捨てると、勇は凄い勢いで駆け出した。
「待てよ、勇!」
おれも追った。追いかけた。
けれど追いつけなかったのは、勇の逃げ足の速さだけじゃない。
追いついて、じゃあどうやって慰めれば勇の気が晴れるのか、
そのための言葉を何一つ思いつけなかった迷いだ。
グラウンドを抜け、校舎の角を曲がり、正門が見える頃には、
もう、勇の影も形も無かった。
T o k y o L o v e r s , S u m m e r g a m e.
「はぁ………」
しんどい。
そして暑い。
おれは頭を抱えて、ぐったりと校舎の影にしゃがみこんだ。
蝉の声ばかりが耳につく。
灼けるように暑い7月。
だるい熱気に吐きそうになる。
まだ一年にもならない。
誰かと一緒にい続けることは、こんな難しいことなのか。
それとも勇だから難しいのか。
たぶん、両方(後者8割)だろう。
「イヌノくん」
鈴の音を転がすような呼びかけは、見上げるまでも無い、
3年になっても担任の祐子先生だ。
「どうしたの?……日射病かしら。
心配だわ。保健室に行きましょう」
連れ込まれては大変と、おれは慌てて直立不動で立ち上がる。
「いえ!これっぽっちも大丈夫です!」
「そう?残念ね……」
「先生、勇見ませんでした?」
「先生の視界には入らなかったわ」
「……ああ……そうですよね」
駅に向かったのかな。
まだ、走れば間に合うかもしれない。
「それじゃ先生、おれ急ぐんで」
「待ちなさい」
走り去ろうとしたおれの腕を先生が掴む。
「来週は期末テスト。
赤点は補習を受け、夏休みが消えて行く……
でも、君にはそうなって欲しくないの。
私は、あなたの成績を留めておきたい……」
「はあ」
「わかってる……。理解できないとこだらけよね。
でも、私なら君に道を示してあげられる」
「裕子先生、あの、おれが言うのもなんですけど、
生徒は区別なく接したほうがいいですよ」
「具体的に言うとどこが試験に出るか教えてあげられるわ」
「それは教育者として普通に問題が」
テスト範囲ごときでマガツヒを搾り取られてはたまらない。
おれのマガタマは今や勇専用、言うなればシャアザクだ。
万力の力で腕を掴む先生の指を引き離そうと、おれは身を捩ってもがいた。
涼しい部屋で大人の勉強を教えてあげる、いや大人への階段は自力でがんばります。
崖っぷち綱引きのような攻防を繰り返すおれたちの横を、すっと生徒が通り過ぎた。
――って、待てよ。
「……勇っ!」
最悪だ。
祐子先生に襲われているおれを、勇は氷のような眼差しで一瞥し、
スタスタと歩いて校門を抜けて行った。
養豚場の豚を見るように冷たい目だった。
“かわいそうだけど明日の朝にはお肉屋さんの店先に並ぶ運命なのね”
って感じのッ!
普段だったら祐子先生にだけには挨拶するだろうに、それすら無い。
「待てよ勇!」
ところが裕子先生はひるまない。腕にギリギリと爪が食い込む。
夏休みに入るとおれを監視下に置けないので必死なのだろう。
ほっておくと乳バンド一つになって襲い掛かってきそうな勢いだ。
その間にも勇の背中は見えなくなっていく。
た、たすけてー。
おれは不自由な腕を勇の消えた校門出口へと伸ばす。
う、動いた!
汗だッ!
炎天下が幸いした。流れ落ちる珠のような汗が潤滑油となり、
祐子先生のアイアンクローをずるりと外した。
その隙におれはダッシュで逃げ出し――。
……いや、こんな攻防戦はどうでもいい。
駅まで走ったけど、結局勇には追いつけなかったのだ。
もうなんというか色々最悪だった。
爪の痕がくっきり残る腕を摩り、せめて祐子先生のことだけでも言い訳しておこうと、
携帯を取り出すといつの間にかメールが来ていた。
勇からだろうかと、ドキドキしながら開封すると
『( ~っ~)/ ャッホ→★今日も暑レヽЙё〜!け〃ωきぃ?
来週ヵゝら〒ス├τ〃走召絶┐〃儿→ナニ〃∋!(>へ<) グスッ
`⊂⊇Зτ〃小木木<ωレ£カ/シ〃ョレ丶ма£カヽ?
м○Uレ丶†ょレ丶ω†ょяа、立候ネ甫Uナニレ丶!∋口シ⊃★
(⌒▽⌒)ノ〜〜々勺ネッ・.:*☆彡・.:*☆彡・.:*☆彡・.:*☆彡』
……………。
モリ子ぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!
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