「………花火ってさ」







 勇が重い口を開いたのは、もうずいぶん経ってからだと思う。





 あれほど賑やかだった人波はほとんど引き、屋台や出店の周囲にまばらに残っている

 だけになっていた。







「意味ねえシロモノだよなぁ。

 一発いくらだか知らないけど、一瞬だし、何にも残んねぇしよ。

 うるせえし光るだけだし」

「……ごめん。今度は、別のとこに誘うよ」

「そういうこと言ってるんじゃねぇよ」

「うん」

「……………」

「…………………」

「……………そこが、いいとこなのかもな。きっと」







 勇の真意を測りかねて、おれは黙っていた。

 ただ、次の言葉が投げかけられるのを待った。







「……オレさ」

「うん」

「………やっぱいい」

「……言いたいことあるなら、言えよ。勇」

「………」







 勇が座ったまま、拾った石を川面に投げる。

 水音だけが聞こえて、石は黒い水に沈んでいく。







「……オマエ、しんどそうなんだよね。オレとつきあってるの。

 いっつもなんか悩んでて、オレのことしか見てないとことか、息がつまる」

「…………ごめん、でも」

「……それに、オレ、ほっとするんだ。

 イヌノがしんどくないほうがいいに決まってるのに、

 オレのことで苦しんでいるのを見ると、やっと安心できる気がする。

 ――ひでぇ話だろ?なぁ、腹が立つって言えよ」







 そう言う勇のほうが、おれよりかずっと苦しそうだった。







「……別に今さら、そんなことじゃムカつかないよ」







 腹は立たないけど悲しい。





 そんなことでしか自分の価値が確認できない勇が悲しい。

 腹立たしいのは、すくいきれない自分の掌だ。







 勇はおれの顔をじっと見て、それから、石の落ちた水面に視線を戻した。

 ひどく長い間を開けて、ほとんど渇望をこめて言葉を繋ぐ。









「――でも、お前はいつか、オレを捨てるよ」









 この時の勇の言葉を、

 おれはもっとずっと大人になってから思い出すことになる。









 けれどその夏、おれはまだ18で、

 むっとするような河原の草いきれと、虫の声と、うだる暑さと、

 勇の淋しそうな横顔が世界のすべてだった。







「それなら、まだ好きでいてもらってるうちに別れたほうがいいだろ」

「おれはずっと勇が好きだよ」





 そしてそのおれの言葉にも、嘘は無かったんだ。





 膝に乗せた顎をこちらに向け、あの感情の見えない瞳で勇はおれを見た。

 おれも勇を見ていた。

 闇の中で勇の口元が微かに緩んだ――気がした。













 ……やばい。今、すっごくキスしたい気分だ。





 でも一応野外だし、人気は無くなってきたけどやっぱ怒られるだろうな。

 外でいちゃつくと機嫌悪くなるんだよな。

 いや機嫌とか言ってる場合じゃないのか。まだ別れ話の続きなのか?



 あれ?笑ってるのか?くそっ、かわいいなぁ。抱き寄せてちゅーしてぇなぁ。

 間とってほっぺたとかどうだろう。おでことか。いやそんなの逆にわざとらしいかな。









 衝動と妄想の狭間で揺れ動くおれを見透かしたのか、

 勇が唐突に頬に平手打ちを食らわせる。

 さっきカハ子(仮)に殴られた反対側だ。



「いってぇ!」

「ほら」



 勇が得意げに掌をおれに向ける。

 中心に小さく血の痕をつけて、羽虫が潰れていた。



「あ……なんだ。蚊か。

 って、食われた後じゃんか」

「なんだよ、助けてやったんだぞ。感謝しろよ」

「あ、うん。サンキュ……って、痒いよ!なんだこりゃ」



 気がつけばむき出しの腕や脛のあちこちに、虫刺され痕が赤く腫れている。

 うわ、いくつ食われたんだおれ。



「痒ぃ!痒ぃ! なんだこれ!!」

「オマエ頭悪いなぁ。

 バカみたいにいっつも足出してっからだよ」



 そういう勇だって生腕が丸出しだ。



「勇は平気なのか?」

「虫よけ塗っといたから」



 そりゃ河原だもんな。ヤブ蚊くらいなんぼでもいるよな。

 移動中にチンの群れと出会うのと同じくらい確実にいるよな。

 うおぉ、かいいいい。



「……そろそろ行こうよ。おれが干からびる前に」

「イヌノ」

「ん?」







 脛を掻きながら立ち上がりかけたところで腕を引かれ、急に唇が触れる。

 勇はすぐに身を離し、







「ずっと座ってたからケツがいてぇぜ。  ほら、邪魔邪魔」



 ぶつくさ言いながらビニールシートを折りたたみ始めた。

















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