「嫌いなんだよ。煙草」
久しぶりにあった友人が躊躇いもせずにライターを取り出すのを見て、彼は露骨に不機嫌な顔をする。彼は煙草が嫌いだ。
「わりぃわりぃ、久しぶりなもんで忘れてたわ」
友人は悪びれもせずに煙草を胸ポケットにしまう。
手持ち無沙汰なのか、ライターの蓋をカチカチと開け閉めしながら、話題は相変わらず新しい恋人のこと。
「いい加減禁煙しろよ。百害あって一利も無いんだぞ」
「利害だけ考えて生きてくってのも味気ねえじゃんか。――お前だって吸ってただろ。学生の頃」
「とっくにやめたよ」
「大したもんだよな。オレもたまに禁煙しようかなーと思うんだけどよ、なかなか続かなくてよォ」
「コツがあるんだ」
「なんだよ、それ」
「心の底から煙草が嫌いだと思い込めばいい。本気でね。そうするとそのうち本当に煙草を見るのも考えるのも嫌になる」
「そっか、オレには無理だな。好きなモンを嫌いだなんてそこまで思いこめねぇ」
最後に会った時は失恋したと泣き喚いていた友人が、今日は新しい恋人がいかに素晴らしいか熱っぽく語っている。
彼は生返事をしながら少し羨ましく思う。
美人で性格もいいモデルの恋人が欲しいわけではない。過去の恋に何の蟠りもなく次に進める友人のスタンスが羨ましい。
「そっちはどーよ最近は」
「どうって、何が」
「バーカ、すっとぼけんなよ。何がっつったらラブのことだろーが」
新しい恋人を作る可能性を彼は考える。
「仕事が忙しくてそれどころじゃないよ」
たとえば自分がヘテロセクシャルならば、一番身近な存在である少女を私生活でもパートナーに選べたのだろうか。
いや、それでもきっと身内以外の何の感情も沸かなかっただろう。身近すぎる存在は彼の所有欲を刺激しない。
彼が欲するのはもっと、遠くに。
「そればっかは仕事と別だろ?疲れてるときほど一人寝が堪えるんだよなぁ。なんでか知らねーけどよ。
へろへろに帰ってきたときこそ、『お帰り』だなんて言われてみろよ。どんな疲れも吹っ飛んじまうぜ」
空を抱きキスする友人に、彼はさすがに鼻白み席を立つ。
「興味ないよ」
彼は恋など大嫌いだ。
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