「ですから何度も言うとおり、うちは刑法中心で民事はやっていないんです」



雑誌で彼を知ったという三十代の女性が、恋人の不実を涙ながらに語り続けて一時間弱。

婚約不履行になるのか金は取れるのかいくら掛かるのかなど尋ねていたのは最初の十分だけで、

あとはその男に加えられた精神的打撃がいかほどのものか、

本当に欲しいのはお金なんかじゃないんですと言い始めた。


彼の秘書を務める少女は若く愛らしく優しくて愚かだ。

受付の段階で泣く女を篩う術は知らず、彼もまた感情的な客を刺激せずに帰すほどのスキルは持たなかった。

名が売れるのも考えものだ。


客の情緒にまるで関心の無い彼も、目の前の女性が若い男に泣きつきたかったということだけは理解できる。

お門違いもいいとこだ。彼は女が嫌いだ。



「いいですか」



顎に当ててた指を離し、彼は苛々と名刺を叩いた。



「ぼくは弁護士でカウンセラーじゃない。その彼が殺されたときにまた来てくださいよ。貴女が殺していないという前提つきでね。

一時間の相談で一万円になります。領収証は必要ですか?」



馬鹿馬鹿しい。


なぜ自分が捨てられたことを素直に認められないんだ。

やっとの思いで客を帰すと、彼はブラインドの隙間から窓の外を見た。



冬の薄曇、一年で一番冷たい季節。



正義と法の味方を気取ることに彼は少し疲れ始めている。不相応な収入の使い道もまだよくわからない。

何を求めて法曹に足を踏み入れたのか、思い出すべくもない。思い出してはいけない。

手付かずの仕事に取り掛かるために彼は再びデスクに向かう。

彼の仕事はいつでも死と罪と嘘に塗れている。






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