Love is beautiful.
――それからどうしたって?
期待されるようなことは何もねぇよ。
まぁそんなもんさ。
オレもコッチから連絡するほど野暮でもねえし、アメリカ行きの準備が忙しかったしよォ。
ヤツらのこと考える暇なんかありゃしねぇ。
アイツが現れるまではな。
男だらけの大修羅場大会があったのもぼやけて忘れかけた頃、
朝っぱらから玄関のチャイムで叩き起こされたのよ。
日曜の朝の、午前7時。
トランクスとランニングの上にどてらを引っ掛けて、オレはのそのそとベッドから這い起きた。
梱包された部屋の荷物を避けながら、オレはその主が誰だかなんとなくわかってた。
男の勘ってヤツ?
「――よォ。久しぶり」
「成歩堂と別れてきた」
まだまだ朝方は冷え込みが厳しい。
白い息を吐く御剣はいつもの仏頂面だけど、どことなく誇らしげにも見えた。
こざっぱりしたツラしてたよ。
「そっか」
思ったより――早かったんだか遅かったんだか。
オレはパンツに手を突っ込んで股間をボリボリ掻きながら、
まぁ上がれよと顎をしゃくった。
ビニル素材に包まれたガラステーブルに缶コーヒーと灰皿を並べながら、オレは成歩堂に同情していた。
惚れて惚れて惚れ抜いた相手に捨てられる気持ちだけは、嫌んなるほど知ってる。
「なぁ」「おい」
「……なんだよ」
「君から話したまえ」
「いや、やっぱいいわ」
オレが余計なこと言わなけりゃ、あのまま二人でいたのかとかそんなこと。
今さら聞いてもしょうがねぇよなぁ。
いつかこうなることはなんとなく予想もついてた。
「頼みがある」
「な、なんだよ改まって。金ならねぇよ」
「そんなことは知っている」
「悪ぃ、電車賃借りっぱなし」
「そんなことはどうでもいい」
「なんだよ」
そこで御剣は一息ついた。
偉そうな顔が一転して、困ったように眉根が寄る。
「その――、私も――共に行ってもよいだろうか」
「へ?」
「君の出向先に」
「ニューギニア州?」
「そんな州はない」
「アメリカ、くんの」
「駄目だろうか」
「仕事どーすんのよ」
「辞めてきた」
「………なんつーか、やることが極端っつーか」
「君に言われたくはない」
「仕事までやめるこたねぇだろ。アレだろ?ケンジってなるの大変なんだろ?
成歩堂だってさんざん苦労して」
「彼は関係無い。これは私自身の問題だ」
「………まぁ、そうかもしんねーけど」
「駄目だろうか」
オレは腕を組んで唸った。
御剣は否定と取ったのか、慌てて付け加えた。
「君に迷惑は掛けない。
ビザも申請してきた。支度は済ませてある」
ああ、本気なんだなぁコイツ。
「御剣よォ」
「なんだ」
「英語、できんの?」
「おそらく、君よりは」
「そりゃ助かるわって――いや、行く方向同じなら、一緒に行くのは全然いいんだよ。
旅は道連れなんだし。
全然いいんだけどさ。ただなぁ」
「なんだ?」
「オレは成歩堂の代わりにはなれねえよ」
言うべきかどうか少し迷った。
けど、今言っておかなきゃなんねぇ。
「たとえばオマエとオレがこれから一緒にいてサ、
また寝ることもあるかもしんねえ。
それはそん時のフィーリングってヤツだからよ。先のことはわかんねぇよ。
――けどな御剣、たとえそうなったとしてもやっぱりオマエのこと、ダチにしか思えねぇんだわ。
アイツの代わりとか、支えとか、そういうのはオレには無理だから。
悪ぃけど」
「バカか貴様は」
御剣は憮然として頭を振った。
「いつ君にそんなことを頼んだ。
私もずいぶん見くびられたものだな」
「わりぃわりぃ。
昔まぁそんなようなことがあったわけよ。
彼氏の相談受けてるうちに女の方とやっちまってよ。
つきあったのはいいんだけど、結局傷つけあって別れたとかそんなよくある話」
「よくある話なのか」
「さぁ?」
「私は女性ではない」
「知ってるぜ。確認させてもらったしよ」
無い袖をブラブラさせながらヒヒヒと笑うと、「セクシュアルハラスメントだ」と呆れられた。
一つだけ、嘘をついた。
彼氏の相談はよくされたけど、デキちまったのはこれが初めてだ。
オレは御剣に酷いことを言ったのかもしれねえ。
でもよ、最初にボタンを掛け間違えば、あとでもっと傷つけるのは目に見えていた。
――なぁ、難しいなぁ成歩堂よォ。
誰だって、相手を不幸にしたくて好きになるわけじゃねえのになぁ。
なんでなかなかうまくいかねえんだろうな。
御剣は心外だと言わんばかりにオレの煙草を吸い始める。
いつもの通りだ。まるで気落ちした様子も無い。していたとしても、
悪ぃ、今日だけはオレも見ないふりをする。
煙草を燻らす、整った横顔を見ながら、
御剣も死にたくなったりするのかなとかふと考えた。
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