Love is beautiful.






「矢張!」

「ばっ……!」



事務所から近い公園まで、オレを追ってきたのは成歩堂じゃなかった。



「バカじゃねーのオマエ!

ここはオレを追ってくるとこじゃねえだろーが!

何考えてんだよォ」

「しかし成歩堂の怒りはいくら考えても不合理だ。

私には納得しかねる」


「レンアイっつーのは不合理なものなんだよ!

いい加減学習してくれよォ!」

「そうか。覚えておこう」



まだ寒いっつうのに、御剣はベスト姿にコートを引っ掛けてきただけの姿だった。

急いで追ってきてくれたってんだろうけど、ああ、アホなのかこいつは。



「オイオイ、知らねーぞ。

今頃成歩堂怒り狂ってっぞ」

「先ほどからすでに怒っていたようだが」

「まぁそうだけどよ。今オマエがオレ追ってきたら相当ショックだぜ」

「なぜだ」

「オレを選んだ。って思うからだよ」

「感情論に走りすぎて私には理解できん」

「オレも成歩堂もそこだけは同じ気分だろーなぁ。わけわかんねーよ」

「成歩堂を許してやってほしい」

「追っかけてきて言うことがそれか!」

「悪い男じゃないんだ」

「知ってるよ」



オレはベンチ脇の灰皿に、根本まで焦げた煙草をねじ込んだ。



「まぁあっちがオレをどう思うかはあっちの勝手だけどよォ、

少なくともオレはアイツのことトモダチだと思ってっから。

縁があったらまたいつか会えんじゃねーの?

恋人は片方が辞めたらそうじゃねえけど、

トモダチは片方がそう思ってるうちはトモダチだからな。

二度と会わなくなってもよ」

「二度と会わないかも、と言った口ぶりだな」

「オレしばらく日本いねえから」

「どこへ?」

「アメリカよアメリカ。ニューギニア州だったっけかな?」

「そんな州はない」

「ダチがさぁ、古着屋やってんだけど買い付けに行く人手が足りねえって言うから。

まぁオレ、身軽だけが取り得だからよォ。カノジョも今いねえし」

「いつ戻るんだ」

「わかんね。テキトーよ。

今日はそれをよ、伝えに来たんだけどなんかこんななっちまったしな。

まぁ、よろしく言っといてくれよ」

「すまない。私のせいだな」

「いや、確かにオマエとヤっちまったオレも考えなしだからな。

オマエのせいじゃねぇよ。気にすんな。成歩堂とうまくやれよ」

「うまく、とは?」

「……ムズカシイ質問するよなぁ、オマエ」



今は苦しんでても、成歩堂は結局、言葉通り御剣を許すだろう。

あんだけ惚れてるんだ。許す以外に道はねえ。



そして、許したあとが地獄だ。



「別れたいの?」

「誰がだ」

「いや、成歩堂と」



何気なく聞いたつもりだったけど、御剣は虚を突かれたような顔になり、

ゆっくりと頭を振った。



「……そんな選択肢は考えたこともなかったな」

「オレもオマエの気持ちがよくわかんねーよ。好きは好きなんだよな、成歩堂が」

「嫌いじゃない」



そうなんだよな。嫌いだったら離れてるんだよな。

好きは好きだからしんどい。まぁよくある話よ。



「だが」

「なんだよ」



オレは新しい煙草に火を点けながら、まだ担任の名前が思い出せない。



「ああ、考える時間が欲しかったかもしれない。

彼の体も、心も、自分の中で咀嚼する時間がなかった」


「あいつ真っ直ぐだからなぁ」

「悪い男ではない」

「でも流されたとこはあるんだろ」

「……私が、今ここに立てているのも、

検事という職を続けていられるのも全て彼のお陰だからな」


「関係ねえだろ、そんなの。

オレだって同じよ。成歩堂に助けてもらった身だからよ」

「ならば」

「まあ聞けよ、御剣。

自分で言うのもなんだけどよ、オレはオンナに貢ぐほうよ。

だけどよ、相手に振られたあとも、金もモノも返せなんて言ったことねえよ。

オレが食費削ってでも、惚れて惚れて惚れたオンナにプレゼントするのは、

相手のためじゃねえ。自分のためだからよ。

好きな女の笑顔が見てえっていう自分の気持ちに金払うワケだからよ。



成歩堂だってそうだと思うんだよな。

純粋にオマエを助けたかったから頑張ったよな?

だったらそれでいいハズなんだよ。

オマエは感謝すれこそ、貸しに思うことはねえんだよ」

「…………」



御剣は眉間に酷い皺を寄せて、何やら考えこんでいた。

「吸うか?」と煙草を薦めると、一瞬迷ったが

「いや、いい」と断った。



「だけどよォ、成歩堂は違うのかもなぁ。

『助けてやったのに』

と思ってるのかもな。ひょっとしたらよ」



ひょっともしねえけど、そうだ。

まぁ、そう考えるのもアイツの勝手だしな。



「ま、オマエは無理すんな。

ただでさえしんどい性格してんだからよ。



あ、コレやる」



オレはずっと渡し損ねていたMDをポケットから取り出した。

手渡すとき触れた指先がひどく冷たかった。オレも、御剣も。



「なんだコレは」

「スタンダードジャズ適当に落としてあっから、暇できたら聴けよ。

ピノキオの曲も入ってっから」



御剣は手書きのレーベルを眺め、それから苦笑した。

白色灯の下、白い息と紫煙が長く尾を引く。



「なんだよ、なんで笑うんだよ」

「君に好かれた女性は、幸せものだな」

「オレもそう思うんだけどよォ、どうも向こうはなかなかそう思わねえみたいでさぁ」

「大丈夫だ」



大丈夫なのは御剣のことなのか、それともオレの未来のことなのか。

どっちとも取れるニュアンスで。



「なぁ、御剣」

「なんだ?」

「どっちがヨかった?

オレと、成歩堂」



意地悪くヒヒヒと笑って尋ねると、御剣はちっちと指を振っただけではぐらかした。



「さ、もう行けよ。寒いだろーが。

今頃気が気じゃねえだろうよ。成歩堂の奴」



一瞬の間のあと、

「そうだな」

と御剣は背を向けた。



コートの後姿を見て、わずかばかりの敗北感に打ちのめされている自分に気付く。

あの後ろ髪のハネは寝癖じゃないんだなぁ、今知ったけど。

ああ、嬉しかったよ。言わねえけどな。追っかけてきてくれて。



「御剣!」



通りに出ようとする後姿に声をぶつけた。

そうだ。

どうしても、今言わなきゃいけないことが一つある。



「なんだ」



御剣が足を止めて振り返る。

オレは言った。











「あのさぁ、帰りの電車賃貸してくれねぇ?」








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