Love is beautiful.
「あ、成歩堂?
オレ、オレだけどよ。今日ソッチ寄ってくからよ」
で、すっげぇ久々に成歩堂の事務所に行くことにした。
いささか野暮用があってなぁ。
アイツの事務所行くのも、実に年末ぶりじゃねえかなぁ。
真宵ちゃんも千尋サンもいない法律事務所なんてよ、
あんま行く甲斐とか見当たらない場所じゃん?
お堅そうでサ。
「7時以降なら構わないけど。
御剣もそれくらいに来るんじゃないかな。
また三人で食事でも摂ろうか」
「あ、御剣来るのか。ちょうどいいや。
わかったよ7時な」
あの成歩堂がよ、御剣が絡むとなると妙に機嫌いい声出しやがる。
それ聞いて、あの電話の後結局なんもなかったんだなと安心もしたんだ。
「オーイ、来てやったぜェ成歩堂〜」
「久しぶりだな、矢張」
「あれ?」
所長室の扉を開いた俺を、偉そうにオレを出迎えたのは御剣だった。
ソファに座って足を組み、目線だけこちらに上げる。
「お、いたのか御剣」
「そりゃまぁ、いる」
「ちょうどよかったぜぇ、オマエにも渡したいもんがあってサ。成歩堂は?」
「……何しに来たんだよ」
不機嫌そうな声が聞こえて、所長の椅子に蹲っている成歩堂がようやく目に入った。
あらまなんだか微妙な空気。
「なんだよ、いたならそう言えよ。
あのさぁ、オレ今度さぁ」
「どの顔下げて来れるんだよ、矢張」
「はぁ?」
広いデスクに肘をつき、広げた掌で額を押さえる。
不機嫌というよりは、何かを堪えているようなその様子に、
ようやくオレは招かざる客なことに気付く。
「オマエを信頼していたぼくがバカだったよ。
何が『理解している』だよ。ふざけるな、矢張。
一度ならず二度までも、ぼくの信頼を裏切ったんだ」
「何の話だよ」
袖をブラブラさせながらオレはへらりと笑う。
それが成歩堂の癪に障ったんだな。また。
「とぼけるなよ。知ってるんだよこっちは」
「……あ、バレてんの?」
しかしまた、なんでどうして。
電話では機嫌のいい声してたのによ。
ワケがわかんなくてちらりと御剣を見ると、
「君が来るまでの間に、私が彼に話した」
と涼しい顔で答えられた。
「はぁ?」
さすがに唖然としたね。
アポからやってくるまでの数時間の間に、所長室はド修羅場になっていたわけだ。
その場にいないオレのせいで。
「ばっ……!
オイ、何考えてるんだよ御剣!なんで話すんだよ!」
黙ってりゃすむ話じゃねえか。
無駄に成歩堂を傷つけずに、何もなかったことになったかもしんねえのに。
「話すなとは言われなかった」
「普通は黙っておくもんだろ!?
なんでわざわざ後ろめたいことをテメェからバラすような……」
あ。
ああ――そっかそっかそっか。
思い出したわ。
いつぞやの法廷での罪の告白。
そして三人で飲んだ時のカミングアウト。
わかってねえから話したんじゃない。
後ろめたいから話すんだ。
罪の意識があればあるほど、
コイツは喋らずにはいられねクチだ。
罰して欲しいのか、
許して欲しいのか、
そこまではわかんねえけど。
「さきほども言っただろう、成歩堂。
私が矢張を訪ねたのだ。
私が彼を誘い、私の意志で肉体関係を持った。
矢張を責めるのは筋違いだ」
「いや、だけどよ。
それに乗ったのはやっぱオレだしさぁ」
ああ、めんどくせえ場所に来ちまったな。
「どうして乗るんだよ!」
頭を抱えていた成歩堂が引き絞るように叫び立ち上がった。
椅子から立ち上がり、オレの襟を掴んで顔を引き寄せる
「お前は女が好きなんだろ?
今までいつだって話を聞いてやったじゃないか。
お前の弁護だってしてやった。
なんで取るんだよ。
なんでようやく手に入れた幸せに楔打つような真似するんだよ。
やめてくれよ、好奇心で男と寝るなよ。
お前は普通に生きれるんだろ?
理解あるふりをしてぼくたちに近づかないでくれよ。
お前さえいなきゃぼくたちはうまくやっていけたんだ。
取らないでくれよ。
矢張、お前はなんだって持ってるじゃないか。
ぼくには御剣しかいないんだよ。
頼むよ、そっとしといてくれよ。
頼むよ……」
怒りが途中から懇願に変わる。
首を掴む力と裏腹な、目に走る脅え。
さすがに可哀想になってくる。
『なんだって持ってる』
ねぇ。
ベンゴシ先生に言われたかねえよ。
恋人も貯金もないんだけど、オレ。
「わーったわったわった。落ち着けよ成歩堂。
悪かったよ。確かに考えナシだったかもしんねえ。
殴って気が済むなら殴れよ。ホレ、ガツンと」
万力の力で掴まれた首根っこそのまま、右頬を成歩堂に向けた。
グダグダ引きずるのが一番ヤだからさ、それでちょっとでも怒りが発憤できるならって,
そしたらコイツ途端に手を離し
「――傷害罪は先に手を出した方が有責なんだよ。
なんでお前を被害者にしなきゃいけないんだ。
検事さんの目の前だろ」
と吐き捨てて背を向けた。
「はぁあ?」
今度はオレがカチンと来たね。
「偉くなったもんだよなぁ。
何様のつもりだよベンゴシ先生よォ。
大体よ、取るとか取らねぇとかモノじゃねえだろ。
御剣もオレも、バカにすんじゃねえよ。
理解するとかしねえとか、普通だとか普通じゃねえとか。
オレはオマエがホモだからってトモダチやめたりしねえってそれだけだろ?
線引いてるのはそっちだろうがよ!」
「お前にはわからないよ、矢張
ぼくが今までどんな気持ちで生きていたかなんてわかるわけがない」
「ああわかんねえよ!
だからなんだよ!問題あんのかよ!!」
「やめたまえ君たち。
なぜ君たちが言い争わねばならんのだ」
「オレだってヤだよワケわかんねーよ。
なんでオレら三人でこんなド修羅場演じなきゃいけねえんだよ」
23年生きてりゃそりゃ色々ある。
オンナの部屋行ったら他の男と合体の真っ最中だったとか、
オレの通帳とカード持ってオンナが消えたとか、
数分早く帰ったばかりにオンナが殺されたとか。
でもなぁ、なんで男三人でなぁ。
幼馴染み三人でヤッたヤんねえとか揉めなきゃいけねえんだろうなぁ。
あの頃の学級裁判のメンツが、今のオレらみたらなんて言うんだろーな。
そういや担任のセンセイってなんて名前だったっけかなぁ。
「大体お前がベラベラベラベラ喋るからさぁ」
イライラして胸ポケットからキャスターを取り出すと
「ここで煙草吸うなよ!」
という横槍が入る。
「ってるって。火点けねえよ」
「しかし事実は事実だ。それならば私はそれを明らかにせねばならない」
「シゴト柄?それとも性格?」
「両方だ」
「難儀だなぁオマエ」
「そうか」
「でよ、なんでオレと寝たのよ」
何気なしに尋ねると、成歩堂が身を堅くするのがわかった。
コイツ、直接聞けなかったんだな。
たぶん無断外泊の夜どこにいたのかも。
聞くのが、怖くて。きっと。
「……わからなかった」
「何が?」
「成歩堂だから、なのか。
それとも自分が同性愛者なのか。
他の同性と性行為に及べばはっきりするかと、そう思った」
「あ、そ」
正直ほんのちょっとガッカリした。
別に御剣に愛されてェとか思ってたワケじゃあないんだけど、
そんな誰でもよかったみたいなこと言われるとなぁ。
自分探しにつきあわされる身にもなってくれよ。
「だが、よく考えれば、
君も成歩堂も私の古い友人であり、共に私の恩人だ。
比較対象としては不適切だったようだ」
あり?
ええっと、それは。
「御剣」
成歩堂の荒んだ目が振り返り、オレを素通りして御剣を射抜く。
「どうしてぼくを裏切るんだよ。
ぼくだけを見てろよ。
それじゃだめなのか?」
「おい、成歩堂」
成歩堂の声は優しい。ゆっくりと優しく御剣に歩み寄る。
「男が好きだとか、そうじゃないとか、
そんなことは考えなくていいんだ。
ぼくがいれば、ぼくがお前のそばにいれば
それでいいじゃないか。
ぼくたちはうまくやってきている」
自分に言い聞かせるように、その声はあくまで甘く、
「……寂しかったんだろ?
素直じゃないからな、お前。
ぼくが悪かったよ。忙しいから、寂しい思いをさせたぼくが悪かった。
だからぼくはお前を許すよ。
許すから――許すから、もう二度とぼくを裏切らないでほしいんだ」
オレには見えたよ。
成歩堂が、砕け散った王子サマの鎧を必死で拾い集めて身にまとう姿がな。
御剣の右手は差し伸べられた手を取ることなく自分の腕を抱いていた。
このおとぎ話の悲劇はお姫サマがいねえことだ。
ここにいるのは三人の男。
恐ろしいまでにバラバラな心を一人だけがわからない。
「やめろよ、その裏切るとか裏切らねえとか」
今にも頷きそうな御剣に、逆にオレが耐えられなくなっていた。
成歩堂はつまらなそうな目でこちらをちらりと見た。
まだいたのか。とかそんな目。
「いい加減気付けや。
信頼とか言いながら、お前は他人に期待しているだけなんだよ。
お前の鋳型に外れたから裏切ったとか言われてもよ、
規格に合わないから要らねえとか言われても困るんだよ、コッチは」
「弁護代も払ってないのに偉そうなこと言うなよ」
何を言われてるのかわからない、という顔をしたのが一瞬。
「温度差が」
あとは酷く苦々しい顔になり、成歩堂はオレから目を反らす。
「体温に差があるのはわかってる。御剣とぼくには。
それが辛い」
温度差じゃねえ。
視点が違うんだ。
だけど、理解できないことを言ってやるほど、
オレは優しくも残酷でもねえ。
「……煙草吸ってくる」
「矢張、お前は悪い奴じゃない。
それはぼくがよく知っている。
だけど、今はお前の顔は見たくない」
「わかってるよ」
尻ポケットから財布を取り出し。
あるだけ中身をデスクの上にぶちまけてオレは出てった。
千円札が4枚と、五百円玉が3枚百円玉が1枚。
後は小銭とレシートの山。
「弁護代な」
階段を降りきらないうちにオレはようやっとライターを取り出す。
フィルターを噛み締めすぎて、すっかりよれた煙草にはなかなか火が点かなかった。
小学校の担任の名前がまだ思い出せない。
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