Love is beautiful.
目覚めたのは昼過ぎだ。
スチールベッドから身を起こすと、御剣はもう着替えを済ませ、今にも部屋を出て行くとこだった。
「まぁちょっと待てよ。駅まで送ってくから」
「道は判る」
「駅前で何か食うからサ、オマエもつきあえよ」
空は薄曇り。冬の土曜日。
オレたちは相変わらず言葉少なにブラブラと駅に向かった。
途中の坂道で、小学生くらいのガキの群れとすれ違う。
ネット越しに真新しいサッカーボールを蹴りながら、
何が楽しいのかわからないほど笑いながら歩いている。
オレたちがつるんでいたのもあのくらいの時期だったよな。
御剣が転校してから成歩堂は泣いてばかりで、
オレは返せない小銭をどうしようか途方に暮れてて。
悩みなんか無いようなツラしてても、
あんな洟垂れ坊主にもそれぞれの悩みもあったりするのかねぇ。
「覚えてっか?御剣」
煙草を買うために入ったコンビニで、駄菓子を籠に放り込みながら御剣に声を掛けた。
「オマエ、ジャンクフードとか食ったことなかったんだよな。
『テンカブツだらけのお菓子なんて食べたらおとーさんに叱られる』
とか言っててさぁ。その癖食わせてやったら目の色変えてよォ。
オマエあの頃からおぼっちゃんでサ」
懐かしがるかと思えば、
ニューズウィークを立ち読みしていた御剣は露骨に不機嫌な顔になった。
「……キミには悪いが、思い出したくないんだ。あの頃のことは」
「そっかそっか。お、めんたい味。
オマエこれ好きだったよなぁ。
口の周り真っ赤にして袋舐めててよぉ。
『おとーさんにはナイショにしておいてくれたまえ』ってなぁ」
「…………」
「お、10円ヨーグルト。
コレってさぁ、何でできてるのか未だ謎でさぁ」
「…………あまり得体の知れないものは食うな、矢張」
「オマエ、ラーメン食ったことなくて、
初めて食ったベビースターがラーメンだと信じてたんだよな。
バカにしたら、泣きべそかき始めて焦ったよなぁ、あん時」
「泣いたのではない、侮辱されて怒ったのだ。
泣き出したのは、私たちが喧嘩を始めたと思った成歩堂の方だ。
今はラーメンくらい知っているぞ」
「記憶力いいなぁ、オマエ」
「……………覚えては、いる」
「そりゃ色々あったかもしんねーけどさぁ、
『思い出したくない』なんて言われると悲しくなるべ?
オレたちがつるんでいた唯一の頃なんだからョ」
「……ああ、そうだな」
それから、いい年した大人二人で、うまい棒を齧りながら商店街をそぞろ歩いた。
公務員の三つ揃い姿は昨日より心持くたびれていて、後ろの髪の毛が一部跳ねてる。
寝癖か?ありゃ。
御剣はぼーっと駄菓子を齧っていた。
うまいとも不味いとも言わなかったが、唇の端を赤く染め、
「懐かしい味だな」
とだけ呟いた。
「変わらねぇなぁ、オマエ」
「成歩堂には変わったと言われた」
「変わったんじゃねぇ。大人になったんだろ」
まぁ十五年も経ちゃあ、皮も剥けるわなぁ。
「成歩堂は変わらんな」
「あいつは変わんねーよなぁ。
ずっとあーなんだろうなぁ」
昼は迷ったけど駅前の蕎麦屋にした。
家族連れに混じって昼間っからちこっとだけビールとか飲んで。
前の晩セックスなんかしてませんよ、って顔で。
御剣がここでいいと言ったので駅の入り口まで見送り、
「またな、矢張」
「ん。またな、御剣」
とアイサツして別れた。
跳ねた後ろ髪が階段の向こうに消えたところで、
そういえばオレたちが互いの連絡先も知らないことに気付く。
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