Love is beautiful.







それからしばらくは二人ととも会わない日が続いた。

避けてたわけじゃねえんだけど、オレもバイトで忙しくてよ。

たまに成歩堂から電話が来たけど、その頃つきあってた彼女との仲がこじれ始めた頃だったから、

アイツらに構ってる余裕もなくて。



そっちも話すと長いことになるんだけど、とりあえず今はコッチの話。







金曜の夜中、1時頃かな。

アパートのチャイムが鳴ったのは。

オレはビール缶放り出して玄関へ飛んだね。

彼女が帰ってきたと思ったんだな。

オレを捨ててロスに行った恋人が、



『やっぱりマサくんがいないとォ、あたしだめなのォ』



とか泣きながら帰ってきたんじゃないかと。

オレは優しい男だ。傷ついた彼女を癒してやるのはオレしかいない。

だから涙を拭いてくれよベイベ。



「マキぃ〜〜!!オレもオマエがいないとダメなんよォ〜〜〜!!」

「…………そうか。どこかで会ったら伝えておこう

マキ、くんか」




玄関先に立っていたのは、愛らしい彼女とは大違いの仏頂面の幼馴染み。



「……なんだ、オマエかよ」

「結構なご挨拶だな」

「よくここがわかったなぁ」

「調書に住所が記載されていたのでな」



オレはドアから首だけだして、辺りをきょろきょろ伺った。



「成歩堂は?」

「私一人では不服か」

「いや、別に。

珍しいこともあるもんだな、って思ってサ。

どうしたんだよ、こんな夜中に」

「近くまで来たからアイサツに寄ってみただけだ。

顔も見たので私は帰る」




そういうと、本当にくるりと背を向けて帰ろうとする。



「ま、待てよ!

せっかく来たんだから上がってけよ。

散らかってっけどさ」

「迷惑ではないのか。こんな夜中に」

「はぁ」

「なんだその気の無い返事は」

「尋ねてくるのは平気なのに、上がりこむのは気にするんだなぁ」

「変か」

「変わってるよなぁ、オマエ」

「そうか」

「別に迷惑じゃねえよ。

オレも今寂しくってさぁ。ちょうどよかったぜ」



普段はハニーくらいしか入れない1LDKがオレの城だ。

座布団をアゴで示すと、所在無げに御剣が上着を脱いで胡坐を掻く。



「洒落た部屋に住んでるものだな。

成歩堂の部屋とは大違いだ」




DJの真似事してた時の皿、スノボ、ハードダーツ、自慢のコンポ、カクテル用シェーカー。

元から好きな工作に加え、女が変わる度に増えていった趣味。

相手とは別れてもそれだけは捨てられず、集大成が今の部屋だった。



「なんだこれは」



作りかけのドリームキャッチャーを御剣はしげしげと眺め、

構造が気になったのか、解体し始めたので慌てて止める。



「ま、ま、ま、いいからよ。

とりあえず落ち着いて座ってろよ」



考えてみたら、御剣と二人っきりで話す機会なんてあんま無かったよな。

受け取った上着とコートをハンガーに掛けながら、オレはこの場に成歩堂がいない理由を少しだけ考える。

ま、いいか。



失恋したら飲んで愚痴ってさっぱりするのがオレ流よ。

せっかくだからと御剣にも缶を握らせ聞かせてやった。

オレとマキの愛の日々、そして別れのシーンを。



「し、死んでやるんだぁ!

マ、マキのいない日々なら死んだ方がマシだぁッ!!」



感極まったオレが\2980の平テーブルを叩くと、空き缶が倒れて少しだけ中身がこぼれた。

ベスト姿の御剣が、ふきんでそれを丁寧に拭う。



「……なんと言葉を掛ければいいのかよくわからないのだが」

「なんだよ。言ってくれよ」

「……幸せものだな。そこまで思われたキミの恋人は」



恋人、という単語にまたウルッときてしまう。

もう恋人じゃない。とどうしても言えない。



「――それに、少しだけキミが羨ましくもある」

「捨てられてんだぜ?オレ」

「死にたくなるほど、誰かを好きになるという感情が、私にはよくわからない」

「慰めようとしてくれてんだよな?」

「うム」

「……気持ちだけもらっておくぜ。サンキュ」



クリネックスの箱を引き寄せ、オレは景気よく鼻をかんだ。



「お尋ねしたいのだが」

「いきなりよそよそしくなるなよ」

「取調べの癖だ。気にするな。

キミはどこが好きだった?死にたくなるほど、彼女のどこが」


「そりゃ全部さ!」

「ほう」

「本当は優しいとことか、頭いいとことか、顔もスタイルも服のセンスも、

ネイルサロン行ったあと爪ばっか気にしてっとこも、全部好きだったぜぇ」

「たくさんあるな」

「あ、あと。あっちの相性もバツグンでよぉ……。

ちくしょう、なんでオレを置いてっちまうんだよ〜!マキぃ〜〜!」



御剣が腕を伸ばして、オレの頭をぽんぽんと叩いた。





「そっちはどうなのよ。うまくやってんの」



泣くだけ泣いてボルテージが落ち着くと、一方的に聞いてもらってるだけじゃ悪ぃ気になってくる。

こないだは大した話も聞けなかったし、(あんま聞く気も無かったんだけど)

御剣のだんまりをオレも気にしてないわけじゃなかった。



「うまく、とは?」

「問題なく、仲良くやれてんのかって」

「ああ、それなら問題は無い」

「なんでぇなんでぇ、ノロケやがって」

「聞いたのはキミだ」

「まぁいいんじゃねえの?二人ともうまくいってんのなら。

友達がハッピーなことに越したこたねえもん」

「キミに感謝していた」

「へえ」

「理解が得られて嬉しい、と。何度も」



オレは女が大好きだけど、それを周囲に隠して生きていくのはきっとしんどい作業だろう。

ヘンケンやサベツと戦うのはもっとしんどい。

成歩堂がどんな気持ちで今まで生きてきたか知りようはねぇけど、

なんとなく、しんどかったんだろうな。というのだけは判る。

守るものが増えればなおさらだ。



「しかしなぁ、あの成歩堂がなぁ」



長いこと想い続けた恋人を得て、二人で砦を組み立てて、

その中に自分たちだけの世界を構築していく。

コドクだった男が一番幸福な作業の真っ最中、ってわけなんだろうな。



「成歩堂がどうした?」

「いや、なんでもねえよ。

むしろ、オマエが男スキって方が驚きだな。

御剣は適当に可愛い嫁さん捕まえるタイプだと思ってたぜ。

なんとなくだけどよ」



御剣は答えず、俯いて、ふ、と笑った。

急に無口になった御剣に、オレはまた言ってはいけないことを言ったのかもしれないと酔った頭で気付く。

前髪が落ちる様子には意外と色気があり、こいつは一体どんな顔でセックスしてんのかなー。

と、その気のねえオレでも考えたりする。



「……っかし、そんないいモンかねぇ、男同士って」



空気を変えるためにも下の話題を振る。

野郎二人で酒の席ったらそっちの話しか無いとも思うんだけど、相手が相手だけに、微妙だ。



「私に聞くな。成歩堂に聞きたまえ」

「相当ハマってんだろ?アイツの様子見りゃわかるよ」

「なんでも性と結びつけるのだな」

「だってやんなきゃただの友達だろ」

「――ああ、そうだな」



そしてまた無口になる。

いい加減眠いのかもしれないとオレは思い直し、



「寝るか?御剣」



と、尋ねた。



「……」

「え?」

「なんでもない」

「そっか、ベッドあんま広くねぇけど気軽に使えよ」

「すまない」



あのビラビラなシャツじゃさすがに寝難いだろうから、着替えを渡そうとオレは腰をあげた。



「しっかし、そんないいもんかねぇ。

男同士ったってなぁ」



そこら辺に乾してあるTシャツに触れ、乾いているモノを探しながら一人ごちると



「試してみるか?」



今度はやけにはっきり御剣の声が聞こえた。



「マジ?」





……ひょっとしたらあっちには誘う気なんて無かったのかもしれねぇなぁ。

オレも多分露骨に媚の入った声だったら笑って被りを振ったと思うよ。

でもよ、その声がいかにも

『キミには無理だろう。そんな気は無いだろう』

という響きが篭められていたもんだから、返って悔しくなっちまってな。

手渡す代わりに自分のTシャツを脱いだんだ。







どっちかが途中で笑い出したらそこで止まったんだろうけどなぁ。

なんか、向こうもこっちも妙に生真面目な顔になって。

キスした方がいいのかなんなのか、オレも童貞みたいな気分を久々味わったぜ。



天地天命に賭けて言うけどよ、オレ、今まで御剣をそんな目で見たこた一度たりともなかったよ。

実際チンポ勃つかどうか土壇場まで不安でよ。

ま、でもなんとかなったんだけどな、ひゃひゃひゃ。

裸を見た途端、おっぱいもまんこもねぇんだなぁって、至って冷静にはなったけどな。



言い訳するわけじゃないけど、オレもカノジョと別れたばっかで人恋しかったのと溜まってたのと、

あと、前のカノジョがどうしてもアナルだけは許してくれなかったんだよ。

それでちっと試してみっかなーって気にもなったワケさ。

カノジョの残してった乳液使って、カノジョのために買ったコンドーム取り出して。ひゃひゃひゃ。

言い訳にしか聞こえねえか?

ま、そうかもな。

言い訳くらいさせてくれよ。

ガキの頃から知っている、同性の友達と寝るなんざそりゃあ奇妙な気分なんだからよ。



御剣もおかしな奴でさぁ、自分から誘ったくせに硬いんだよな。

股開く時なんか微かに震えててさ。こっちまでなんか恥ずかしくなっちまってよぉ。



感想?

……そうだなぁ、『やればできる』かなぁ。

いや、オレ女の子好きだしさぁ。

やっぱまんこもおっぱいもあった方が嬉しいし、

イク時はやっぱり別れたカノジョのこと思い出したしな。

正直、目の前に他人のチンポとかあっても扱い困るんだよな。

どうすりゃいいのかよくわかんなくてよ。いや、握ってやったけどさ。

女と違って触り心地ががっしりしてるし、乳首ちっちぇぇし、喘ぎ声は低いし。

唇だけはやわかったけど。



オンナの方がいいよなぁ。オレはね。





でも、ま。

成歩堂が入れ込む気持ちもちょっとだけ解った気がした。

ちょっとだけだけど。







最中はいいんだよ。とりあえず出すまでは必死だからよ。

問題はその後よ。



さすがに、気まずいんだなぁ。



御剣は汗ばんだ背中向けて黙ってるし、オレも何話せばいいかわかんねえし。

自慢じゃねえけど、オンナ相手ならアフターフォローもバッチリなんだけど。

腕枕して髪撫でて、『ステキだったぜ』なんて耳元で囁いたりしたりして、

でも相手御剣だしよ。



沈黙がしんどいので、とりあえず裸のままベッドから出てコンポを弄った。

そういえばオレは、御剣の好きな音楽なんて全然知らない。

メロコアっぽいのは全部別れたカノジョが持ってっちまって、

代わりに置いてかれたKenny drewのTRIOを取り出す。

ジャズとかなら無難だよな。きっと。



「音楽とか、何聴く?」



背中を向けたまま御剣が答える。



「聴く暇が無かったからな。

上司の趣味でワーグナーとかはよく聴かされたが」


「オペラはさすがにねぇなぁ」



抑えた音で軽快なピアノが流れ出し、オレはベッドに戻って煙草を取り出した。



「一本寄こせ」



白い腕が伸び、咥えたばかりのキャスターが取り上げられる。

オレは苦笑いして別の紙巻に火を点す。



「軽いな」



御剣は深く煙を吸い、吐き出し、眉間に皺を寄せる。



「3mmだからな。一応身体には気ぃつけてんのよ」

「そう思うなら煙草などやめるのだな」

「うるせぇ。文句言うなら返しやがれ」



御剣はオレの顔に煙を吹きかけ、



「返すから吸いたまえ」



と笑った。

偉そうで可愛くてムカついたけど、なんだかリラックスしたその様子に、オレも正直ほっとしていた。



「寒くね?」

「別に」

「シャツ着ろよ」

「もっと落ち着いた柄のはないのか?」

「別に外出るわけじぇねえんだし、コレで妥協しろ」

「わかった」



それからまた二人とも黙って、煙草を吸いながら古いCDを聴いていた。

さっきみたいな気まずい沈黙じゃなく、無理して話すことも無いような空気。



「ああ、この曲は知っている」



御剣が嬉しそうに目を閉じた。

曲は“WHEN YOU WISH UPON A STAR”。

そりゃまぁ、『星に願いを』くらいは誰でも知ってる。



「“ピノキオ”だな」

「そ。“ピノキオ”」

「キミといるのは気が楽だな。

お互い気を使わずに済む」




オレはどちらかっつうとかなり気を使ってたつもりなんだけど、

御剣にそう言われるのは悪い気はしなかった。



「あっちは気を遣う?」

「悪い男じゃない」

「知ってる」

「性行為の後、背中など向けていると話しかけてくる。

『こっち向けよ』

『どこか痛い?』

「あー。アイツらしいなぁ」

「悪い男じゃないんだが」

「惚れてんだなぁ、オマエに」

「…………」



CDが終わり、煙草が空になり、夜が白々と明ける頃、オレたちは仲良く眠りについた。

夢も見ずに。








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