セックスだけだ。
難しく考えることは何もない。
これは完璧に割り切った関係。
そう思えば何も怯えることはない。愉しめばいい。肉を。精を。
弁護士と検察官という一見スキャンダラスな組み合わせも、秘密と沈黙さえ守れれば何も恐れることはない。
――あの夜点した熱が、体の奥に何かを植えつけたのは確かだった。
普段は奥底に眠る疼きが、御剣の指や腕でたやすく目を覚まし求めだす。
御剣の愛撫は執拗で、少しでも違う反応を見つければそこを責める。自身の仕事ぶりによく似ていた。
まるで証拠が如く老いを点検されているようで落ち着かないが、
奴の体が圧し掛かる頃にはそんなことすら気にならなくなっている。
返礼に私は私の技巧を尽くした。
男は笑ってそれを受け入れ、つまるところ、
私たちは愛欲にまみれた。
「はい」
「――っ!?」
ぐったりとした体を起こす前に、背中に冷感が突き刺さった。
氷水の入ったコップを、背中に押し当てられたのだ。
「水」
「う、うむ」
「飲ませましょうか?口移し?」
「年寄り扱いするな。貴様の介護なんぞ誰がいるか」
「……年寄り扱いしているわけではないんですが」
既にワイシャツ姿の御剣からコップを奪い取り、二口飲んでサイドボードに置く。
情交の後、私は磨耗し尽くしてぐったりとしていた。
御剣は涼しい顔で、さっさと帰り支度を始めたようだ。
「帰るのか」
「せっかくの夜なのに申し訳ない。もう少し傍にいたかった」
「誰が残れとせがんだ。事が終わったならさっさと帰ればいい」
「息子がね、話があるらしくて、寝ずに待っているらしいんですよ」
「……さっきの電話はその話か」
「学級裁判だとか初めての勝訴だとか、なんだかよくわからないけど一所懸命話していましたよ。
可愛いもんでしょう」
「は……大した英才教育だな」
「おたくは?」
「下がまだ二歳」
「可愛い盛りですね。男の子ですか?それとも女の子?」
尋ねるその顔はどこから見てもいい父親だ。
寝そべる私の体には、まだ生々しく彼の印が残っているというのに。
切り替えが早いのかなんなのか、私にはよくわからないが。
「あなたはゆっくり休んでいけばいい。また、近いうち時間を」
「御剣」
「なんですか?」
「…………………」
なぜ、私なのかと。
もっとリスクの少ない、若い相手がいくらでもいるのではないかと。
愚かなことを尋ねようとして私は踏み止まる。
おそらく、誰でもよかったのだ。たとえば私以外でも。
「……なんでもない。行け」
「おかしな人だ。
――おやすみ、狩魔。今夜のあなたも素晴らしかった」
長いくちづけを残して御剣は立ち去った。
見送る義理もない私は、残った水を転がしている。
残酷な愛撫を行うあの男は、ベッド以外では残酷なまで優しい。
もちろん私はそんなことで誤魔化されたりはしないが。
「……御剣――御剣、信」
彼の名はしっかりと刻み込まれた。
先ほど言えなかった問いが胸の中でわだかまる。
いつまでだ?
この、不毛な、肉だけの関係はいつまで続ける気があるのかと。