夢は所詮夢だ。
よい夢か悪夢かなどと見当もつかないが、私にとって夢というものは大抵悪夢だ。
それらはいつでも荒唐無稽で、辻褄が合わなく、思い通りにすらならず、
幸福な夢すら目覚めた後の現実を思い知らせる苦さしか持たない。
美点といえば、すぐに忘れてしまうことだけ。
「ちょっと待ってください」
エレベータに乗り込み、1Fのボタンを押す前に誰かが駆けてくるのが見えた。
私は急いで『閉』のボタンを押すが、一瞬遅かった。
閉じかけた顎が奴の手を挟み、不味いものを食んだかのようにまた開く。
――どうせなら噛み潰してくれればいいものを。
「……今、あからさまに私だとわかって押しましたね、ボタン」
「気のせいだ」
「大人気ない人だなぁ。三秒も待てないんですか」
「何度も言っているだろう。私は忙しい」
グレイのスーツが滑り込み、鉄の扉が音も無く閉じる。
密室で二人きりになるのはあの夜以来のことだ。
横顔に視線を痛いほどに感じ、私は彼の沈黙を祈った。
そして祈りというものは大体において届かない。
「お嫌いですか。ああいったことは」
「…………………」
探る言葉に遠慮がないのは相変わらずだ。
「とてもそうは思えなかったのに」
「黙れ」
「避けているでしょう、私を」
「………………」
その通りだった。
あの同衾からしばらく、御剣と会うことはなかった。
私が彼を避けていたのだ。
移動は常に検察事務官と共に行い、一人になるのを極力避けた。
広くて狭い裁判所で、たった一人の男を恐れている自分が滑稽だった。
恐れている?この私が?あの男を?
いや、目障りなだけだ。なるたけなら出会いたくない。
それでも、法廷の廊下で、玄関ホールで、私は時折視線を感じた。
振り返ればそこにいるのを知っていて、私は動かなかった。
「…………二度は無いと言ったはずだ」
「――そうですか、残念です」
あんなことが二度も三度もあってたまるか。
あれは気まぐれでいい。日常の雑務の隙間の空白。
私にとっても、彼にとってもそうであることを信じた。
「上ですか?下ですか?」
「む?」
「エレベータ、動きませんよ」
そうだ。
行き先を押していなかったのか。
道理で着くのが遅いと。
「1階?」
私の前をふてぶてしい腕が横切る。
私は彼よりも先にボタンに手を伸ばし『1F』の表示を赤く変えた。
そして、下げるより早く御剣が私の手首をつかむ。
「離せ」
軽い振動音を立ててエレベータが下降し始めた。
「今夜は?」
「断る。今夜中にせねばならん拘置請求が」
失言だった。
この言い方では、まるで急ぎでなければ構わないかのようだ。
「では明日は?」
「………検事局長との会食だ」
「では明後日は?」
「……………………」
「この間のホテルで」
私は答えなかった。
御剣の指が手首を伝って私の指に絡み、離れる。
否定するときは口に出すが、沈黙は肯定の証。
これ以後私たちの暗黙の了解となる。
「………待ってるよ、狩魔」
チン、と音を立ててエレベーターが止まる。