確かに私は同性に興味を持った時期もあった。

だがそれは人生初期の気の迷いと解釈していた。

性欲や色香に迷うことより、大切なものが私にはあった。

検察官としてのキャリアを積む上で、少しでもその妨げになるような事柄は排除せねばならない。

それが私の生きる理由でありすべてだった。



結婚し、子供を持ち、一般的な家庭を持つことも、『極めて常識的な男』という社会的評価には

必要だった。





















「それ以上は……触れるな」

「なぜですか」

「私は……貴様のようには………」


私は既に若くは無い。酒のせいにする愚かささえ残されていないほど。 

シャワーを浴びた御剣の裸体は、三十代半ばと思えぬほど引き締まり、美しかった。

骨格の上に薄く張られた筋肉と皮膚。家族を守り、実績を積んできた男の肉体がそこにはあった。

同時に思い知らされるのだ。私がこの肉体を身につけてすでに半世紀近く経とうとしていることも。


「何も不安がることはない。狩魔さん、私はそのままのあなたに触れたい」

「せめて灯りを消せ。消すのだ、御剣」

「断る。――ほら、まだ何もしていないのにここは」


御剣に握り締められた私自身は、年甲斐もなく期待に戦慄いて既に首をもたげている。

数十年ぶりに、同じ肉体を持つ生物に触れられることを、私の精神よりも先に悦んでいた。

私は戸惑っていた。同性との情交は久しぶりで、心が不安と期待に乱れている。

こんな感情は予定外だ。なんとかしなければ。




御剣、信。



この男のペースに巻き込まれるのが恐ろしい。なんとか主導権を握ろうと私は必死で。



「いいんですよ狩魔さん、貴方はただそこにそうしていればいい」



眼鏡を外し重ねてきた唇の熱。

夢中で貪り、吸い、噛み付く。おのれの飢えに自分私が一番驚いている。

一回り以上年下の男に圧し掛かられる屈辱も、老いたからだを気にする羞恥も、

その後の快楽の前で何の意味も持たず掻き消えた。





















「私はね、狩魔さん。対等な相手としか関係を持ちたくはないんですよ」



二度目のシャワーを浴び終えた男は、窓際の椅子に腰掛けて夜景を眺めている。

私はといえば、久しぶりの激しい情交に消耗しきって、汗で濡れたシーツに溺れ動けずにいた。



「……は、聞いて呆れるわ。貴様のようなぬるい弁護士風情がこの私と対等だと」

「それだけ憎まれ口が利ければ上等だ。少しやりすぎたかと反省していたところで」

「当たり前だ。……尻まで掘られると思っていなかった…ぞ。この物好きめ」

「ははは、私も意外でしたよ。貴方があんなに声を上げると思いませんでした。

しばらくは耳から離れませんね。あの叫び声」




抗議する気力も失せ、私は高すぎる枕に突っ伏した。

御剣は満足そうに言葉を続けている。



「若い子と交際したこともありましたけど、うまくはいかなかった。

我々には守るべきものたくさんあるでしょう。地位も、名誉も、家族も。

そこら辺を踏まえられる相手じゃないとね、色々難しいんですよ」

「……家庭持ちの変態同士なら、互いに拘束されずにうまくやれるという訳か。

はっ、弱者の味方が聞いて呆れるわ」

「仕事とプライベートは分ける主義でね。その方が貴方にとっても都合がいいでしょう。

――それに、貴方に出会って改めて気づいたが、どうも私は年上が好きらしい」



そう言って、照れたように笑っている。口説いているつもりなのだろうか。

本当に、どこまでも愚かな男だ。




「裁判長でも口説け。……二度はない」


酒も疲労も限界で、脳と体が休息を求めていた。

御剣がベッドに潜り込んできた気配を最後に、後はただ泥のような眠りへと落ちて行く。

髪を撫られていた気がするのは、きっと夢の中での話だ。




























モーニングコールで目覚めた時には、御剣の姿はどこにもなかった。

夜が明ける前に家に帰ったのだろう。可愛い怜侍くんとやらが待つ家庭へと。

私の妻が仕事に理解があるのは幸いだ。

外泊などで問い詰められる恐れもない。



起き上がると体の節々が痛んだ。アルコールも抜け切っていない。

シャワーで無理やりに目を覚まさせ、全裸のまま髭を剃る。

洗面台の鏡にやつれた中年男が写り、夕べの夢の残滓が朝日の中に掻き消えてゆくのを、

私は空虚な眼差しで眺めていた。





























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DEAD MAN WALKING