「開廷!」
「弁護側、準備完了しています」
懐かしい声が聞こえる。
私は腕を組んだまま動かなかった。
御剣を叩き潰すまでの筋道が、頭の中にはっきりと見えていた。
目を閉じていても、あの男の眼差しがこちらに向けられているのを今だけは感じる。
「狩魔検事……準備の方は」
裁判官が愚かな問いを投げつける。
「準備も無く、私がここに立つわけはなかろう」
苛々した声を叩きつけると、裁判官が逆に恐縮するのが滑稽だった。
「決定的な証拠。
決定的な証人。
……他に何か、必要なものは?」
傍聴席が、水を打ったように静まり返った。
――場の主導権を握ることに関しては、おのれの手腕に絶対的な自負があった。
説得力を生み出すまでの間合い、証言者の導き方、私には長年培ってきた勘がある。
その日も、執行猶予の有無まで思い通りにする自信があった。
……証拠調べの最中に、御剣が異議を挟み込むまでは。
「異議あり!」
陳述調書を読み上げている最中に、御剣の声が割り入った。
「なんですか、御剣弁護士」
「……裁判長、陳述調書に注目していただきたい」
私の睨みに動じることなく、御剣は調書の写しを手で叩く。
「この調書は全部で34ページあります。
だが、最終ページには30ページと印字されている。さらにその他のページにはページ数が印字されていない。
これは――どういうことでしょうか」
「………!」
図ったな――御剣……!
「検察側の返答は無いようだ。ならば私が答えましょう。
――いいですか、この調書は最初30ページだったのでしょう。
そして最後のページに署名捺印させてから、1から29ページの間をすべて差し替えた!
そのために当初30ページだった調書が、34ページまで膨れ上がった。
その34ページ目に、元の署名捺印されたページが当てはめられ、このような形で提出された。
つまり……この陳述調書が明らかに偽造されたことを示しているのです。
これは、検察側の“不正”の事実を明らかにしているッ!!」
「異議あり!
これはたまたま……30ページと打たれていた白紙の調書用紙を、
34ページ目に使っただけだ。不正の事実など……」
「異議あり!
狩魔検事、貴方らしくもない言い訳ですね。
厳正なる法廷で、そんな言い訳がまかり通るとでも思っているのか!」
傍聴席が騒ぎ始めた。
“差し替えが容易い”という、ワープロ文書による検面調書の問題点は以前から指摘されていた。
そして御剣は知っていたのだろう。署名捺印を急がせる、私の陳述調書の“癖”を――。
おそらく、出会い頭に私が落とした陳述調書を拾い上げた時から。
「静粛に静粛に!」