12月28日、午前9時44分。地方裁判所。








いた。





控え室に向かう御剣がいた。

いつもの通り、神経質そうに眉間に皺を寄せ、書類を小脇に抱え弁護士然とした凛々しい姿。

甘い考えも、検察官としてのプライドも、その横顔を見た途端立ち消えてしまった。

盲目的なまでのあの重い悦楽が蘇り、私に真っ直ぐ注がれていたあの眼差しを記憶の中から掻き集める。


御剣。


口の中だけで、その名を呼ぶ。


御剣は振り返らない。

聞こえないように呟いたのだから当然だ。



呼びかけて、どうしようというのだ。

私から彼に話しかけたことは無かった。

ならばせめて一度だけでも。

どんな自尊心も面子も、一度だけ捨て去ることができるなら――。



「み――」

「お父さん!」



呼びかけるより早く、私の背後から走り出す小さな影があった。


その影は、私が夢にまで見た御剣の腕にしがみつき、御剣もまた振り返って破顔する。


「怜侍、どこにいってたんだ」

「裁判所って広いね。大人の人がたくさんいる」

「もうすぐ始まるから待っていなさい。

始まったら傍聴席でおとなしくしているんだよ」

「うん、ぼくしゃべらないよ」

「いい子だ」


かつて私を弄った掌が伸び、子供の頭を柔らかく撫でる。


そうか。


そういうことか。


視線の先に私を見つけ、御剣は子供の手を引いたまま軽く会釈した。

そのまま横を通り過ぎる。



見せ付けるようにわざわざ仕事場に子供を連れてきて、そこまでして私が付け入る隙を作らぬつもりか。

子煩悩なことは知っていたが、公判に子供を連れてくることなど私の知る限り今日が初めてだった。


わざわざ私が相手の日に、連れてくるとはな。





――よかろう、御剣。

貴様がそのつもりならば私も容赦すまい。

子供の前で完膚なまでに叩き潰してくれる。

指先が小刻みに震えていた。



それが怒りか悲しみか、その時はまだ判らなかった。
















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