「妻が疑い始めています」


……――それから数日後、検察庁に掛かってきた電話で呼び出され、

私はいつもの部屋であの男と向き合っていた。


電話、というだけで嫌な予感はしていた。

あれほど注意深かった男が、手間隙を掛けずに私を呼び出そうとしている。


「私はもう少し続けたかった。とても残念ですよ」


この男はきっと、有罪判決を受けた依頼者にも同じ調子で頭を振るのだろうな。

腕を組み、話を聞くそぶりで、私はそんなことを考えていた。


「お互い楽しい時間が過ごせてよかった。ありがとう、狩魔さん」


礼を言われてようやく気付いた。

これは別れ話なのだ。



「……ちょっと待て」

「何か?」

「ほとぼりが――醒めるまで逢わなければ良いだけの話だ。

まったく貴様はうかつすぎる。あれだけ注意深く行動しろと私が」

「――狩魔さん」

「どうせ大した証拠は握られていまい。

何、たとえ訴訟沙汰になろうとなんとでもなる。

私たちは完璧にやってきた。

貴様の女房に有責を負わせる方法などいくらでも――」

「狩魔さん」

「なんだ」

「あなたは何か勘違いをしているようだ」

「なんだと?」

「私は家庭を愛しています。

息子を片親にするつもりは無い」

「……………」

「貴方は素晴らしい人だ。

私よりいいお相手などいくらでも見つかりますよ」


上辺だけの言葉。

上辺だけの言い訳。

上辺だけの笑顔。


ああ――。

飽いたのだ。

この男は。

この私に。


腕を組んだまま目を閉じた。

肩をつかむ指に力が篭る。

引き際を知らぬ情人ほど惨めなものはない。

問題はない。いつか来る日が今来ただけだ。

互いに家庭のある身でひと時の情欲だけを共有し、


長く続くつきあいではないことなど最初から知っていたのだ。



沈黙は肯定。

何か言わなければ御剣は――。



「……最後に」

「なんですか?」

「これが最後だろう。さっさと始めればいい」


わずかに声が掠れたことが、この男にどうか知られぬように。

私はタイに指を掛けた。

御剣は軽く手を上げて私を制し


「最後に貴方を抱きたいのは山々ですが、今日は時間が無いんです。

また、法廷でお会いしましょう。

さようなら」


くちづけを、心のまるでこもらないくせに、熱く深く噛み付くような、

私に刻み付けるようなくちづけだけを残しその背を向けた。



ささやかなゲームに幕が下りる。

どこにでもある関係の、ちっぽけな遊戯が終っただけのこと。











無人の部屋。

あの男を追おうとする心を抑え、私は洗面台に向かった。

水を掬って顔に打ちつけ、額が触れるほど鏡に近づく。


そこに映るのはこの私だ。

人生を半ばも過ぎ、分別を知る、もう若くは無い男の顔。

眉間に頬に刻まれた皺を、心労で灰色になった髪を、血走った目で睨みつける。

私は老いているのだ。

落ち着け。

鏡に映る、これが私だ。

妻と子を持ち、恥も分別も知りキャリアを持ち、遊びに溺れる愚かさなど私には無縁の話だ。



この顔で、この身体で、別れを拒んで取りすがるというのか?

そして、あの御剣が、そんな私を哀れに思うとでも。



あの男の傍若無人さが、すべて他人への無関心さから来ていることなど最初から気付いていたはずだろう。

溺れるまいと、肉と心を切り離せと、この歳で恋に狂うまいと、あれだけ必死に戒めてきたのに――。



恋?





――そうか。

失うまで気付かなかった。



この歳で愚かさを知る、これが恋か。













Dead   Man   Warking



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