着けようとするのを取り上げ、自分の手でコンドームを被せる。

 それくらいは自分でできることを示したかったのだが、久々のせいか、装着にいささかもたついた。

 ワセリンを塗りつけるように軽くしごき、ほころんだ孔にぴたりと、あてがう。

 俺の腰に絡んだ鳴海の脚が、待ち切れないかのように、引き寄せてくる。

 注意深く沈ませた亀頭部分を、鳴海の穴がきゅうっと吸った。



 あとは、止まらなかった。



 乗られるのも悪くないが、自由に動けるほうがコントロールが利く。

 屈めた腰が攣りそうになり、俺は鳴海の脚を肩に担いだ。

 その拍子に、根元まですっぽりと穿った。



「くッ……う」



 鳴海の、噛み締めた唇から声が漏れる。

 恥骨の裏…、恥骨の裏…、と心の中で呟きながら、俺はぐりぐりと腰を使った。

 鳴海の鈴口からぬらぬらと溢れる、カウパー氏線液が俺の腹を濡らす。


 狭くぴったりと食いつく肉に、俺はほとんど吸い寄せられていた。

 突きながら、硬くしこった胸の突起を指で潰すと、俺を受け入れた腰ががくがくと震える。



「ひっ……あ…いいッ……いいです」

「それはなにより、です」

「ぃ……あ、お尻……すごッ……」



 性感が同調しているのか。鳴海の言葉はいよいよ不明瞭になってくる。

 そこがはたしてどういう回路で繋がっているのか、神経内科医だろうがわかるものではない。


 まぁ、気持ち悪いと言われるよりは、気持ちいいと言ってもらえたほうが俺もありがたい。

 嬌声を抑えるために自分で口を塞ぎ、目を閉じて悶える鳴海の姿に、先日の媚態がオーバーラップで重なる。



「あの、鳴海先生、後ろから」



 切れ切れの吐息で伝えて、引き抜く。

 鳴海はああ、と薄く目を開き、姿勢を変えて長椅子の上に右手をついた。



「……田口先生はバックがお好みでしたか」



 上がった息で腰を突き出し、左手で尻たぶをくいと押し開く。



「いえ、あの」

「早く」



 鳴海に急かされて、立ちバックの形で再び繋がった。

 尻を掴み、軽く引き寄せる要領で突くと、その呼吸に合わせて鳴海も腰を振った。

 この体位だと、結合箇所が丸見えだ。

 肉の狭間に呑みこまれては抜き出される様子が、否応がなしに目に飛び込んでくる。

 猥褻な光景からなんとか目線を引き離し、俺は鳴海の耳に囁きかけた。



「りょ、りょう」



 それらしい雰囲気を作ろうと心がけたのだが、快楽にうわずる俺の声は、

 桐生の染み渡るようなバリトンからほど遠かった。

 カタカナにも漢字にもなれない、まさしくひらがなの呟き。



「……なんですか? グッチー」



 鳴海の返事も掠れていたが、その声には揶揄するような笑いが混じっていた。

 淫らな姿態はいくらでも晒すくせに、これ以上は踏み込ませないという、鳴海の意思がはっきりと伺い知れた。



 というか、病理科にまでこんなあだ名が伝わっていたとは。



「……すみません、鳴海先生。調子に乗りました」

「構いませんよ」



 揺すられながらも顔をややこちらに向け、くすりと笑ったのが背後からでもわかった。

 気まずさを打ち消すように、俺は言った。



「私の顔が見えないほうが、鳴海先生にとっても都合がいいのではないかと思ったのですが」

「そうですか? 私は好きですよ。田口先生がだらしなく感じている表情」



 そんなことを褒められてもちっとも嬉しくない。

 大体鳴海は、あの時の自分の表情を見たことが無いから、そんなことが言えるのだ。



「もっとも、田口先生にとっては背後からの方が、抵抗が少ないかもしれませんね」



 いや、俺だって鳴海の顔が見たくないというわけではない。

 誤解を解こうと、長椅子の背もたれにかけられた指に俺の手を重ねた。

 そして、背中越しにもう一度囁く。



「いいんですよ。桐生先生の代わりで」



 その名前を出した途端、鳴海の動きが止まった。

 顎を伝わって、汗が一滴、椅子の上に落ちる。

 鳴海は重ねた手を振り払い、上半身を捻って俺を見上げた。



「わ、私はそんなつもりでは……」



 視線と声がうろたえている。

 しくじったかもしれない。



 だが、俺は見てしまったのだ。あの時、桐生を呼んだ鳴海の唇。



「……まあ、私では役不足かもしれませんが」



 めげずに汗で光る鳴海の背を抱き、つられて止まっていた抽送行為を再開する。

 お預けを食らった刺激を、そこだけは覚えていたのか、狭い穴が待ちきれないかのようにひくついた。

 覆いかぶさる形で、前へと、手を、伸ばす。



「ッひ……!」 



 膝が崩れるほどの快感に溺れながら、鳴海は果敢にも抵抗を試みる。

 きつい目でこちらを睨み上げ、俺の腕を振り解こうと身を捩った。



「あッ、ち、違うッ! はな、離してくださ……んぅッ!

 あ、あと、役不足の使い方が間違って、ぅッ!」



 一応、わかった上で通俗的な使い方をしただけなのだが。

 こんな時まで言葉の乱れを指摘する鳴海は、きっといい助教授だったのだろうな、とは思う。

 背後からいくら突き上げても、鳴海の抵抗は止まらなかった。



「ぬ、いて……抜いてくれ……ッ!」



 切れ切れの声で懇願され、腕を緩める。

 俺だって切羽詰ってはいたが、無理強いするつもりは毛頭なかった。

 腰を抜くと、鳴海に突き飛ばされて体が離れる。



 だが、わずかに遅かったようだ。



 長椅子の上に被さるように膝をついた鳴海は、性器を引き抜いたにもかかわらず

 かくかくと腰を震わせた。



「え? あ……Not possible……こんな……お……ぉおッ」



 鳴海がおのれの尻肉に指を立てているのは、今は見せつけるためではない。

 こみ上げるオルガズムに抗っていたのだ。

 しかしそのせいで、膝立ちの尻の奥でほころんだ窄まりが、痙攣する様さえ背後からは見えてしまった。

 失った質量を求めて、ぱくつくように大きく伸縮している。



 いやだ、いやだ。 義兄さん――。



 淫らな断末魔で桐生を呼ぶと、うつぶせた背がぴんと仰け反り、海老のように二、三度大きく跳ねる。



「――――ッッ!!」



 腰の動きに合わせ、椅子の黒革から床まで、粘度の高い液体がたぱたぱと落ちた。



「ひ…………ぁ……」



 糸が切れたように、力の抜けた体が長椅子に崩れる。

 俺は指一本触れていないのに、鳴海は一人、時間差で昇りつめてしまった。



 蓄積した性感が、限界を超えていたのか。

 急に引き抜いた刺激が、堤防を打ち壊したのかまでは判別できなかった。



「大丈夫ですか?」



 長椅子に上半身を預け、伏せたままの細い身体。

 余波でまだ小刻みに跳ねる肩に手をかける。

 荒い息を吐いている鳴海は、びくりと怯えて手を退けた。



 後始末は落ち着くまで待つことにして、脱ぎ散らかしたままの白衣をその背にかける。



 そして、まだ勃起したままのペニスから、ゴムの皮膜を引っ張って剥ぎ取った。