『東城大学付属病院の田口です。
その後、お変わりはないでしょうか。
何かありましたら、いつでもご連絡ください』
白鳥に言われたからというわけでは無かったが、帰宅する前に、俺はひさしぶりに鳴海に電話を入れてみた。
一応元・患者という関係でもあるのだ。俺が心配したっておかしくはない。
鳴海の携帯は、予想通り留守電に繋がった。
わかっていたことなので、俺はあらかじめ用意した言葉を吹き込み、通話を切る。
鳴海は、留守電すら聞いてくれないかもしれない。だがそれでも構わないと、俺は思っていた。
もしも鳴海が、孤独に耐え切れなくなっていたとしたら、やはり受け皿くらいはあったほうがいい。
何かを求めた鳴海の弱さを、俺はどうしても否定する気にはなれなかった。
それに俺は、まったく希望を捨てたわけではなかった。
いつか鳴海が本当の意味で一人立ちできたら、もう一度めぐり合うことだってできるかもしれない。
捨てられた男の戯言だと、白鳥は笑うだろうが、
それは遠い未来のことではないと、俺には思えるのだ。
そんな希望があの日動けなかった憂鬱を、わずかに明るく照らし続けた。
それでも、鳴海が孤独に耐え切れなくなるとしたら、その時はきっと、
俺が最後の居場所だ。
とりあえず俺は待つことにした。
待つことには慣れているし、なんせ俺は、気が長いことには定評があるのだ。
下宿へ向かう、いつもの帰り道。
いつまでも未練がましい俺に、虫の声が夏の終わりを伝えてくる。
今年の夏は本当に暑かった。
この暑さを俺は忘れないだろう。
俺はきっと、来年になっても思い出せるはずだ。
あの街の熱気と、橋の上から二人で見た夕暮れの色。
汗ばんだ肌のぬくもりや、うなだれながらも、真っ直ぐに立っていた太陽の花。
あでやかで、どこか淋しげなあの笑顔も。
二つの孤独を寄せ合った夏を、俺は忘れない。
ぼんやりと鳴海のことを考えていると、携帯が鳴った。
ひょっとしたら、鳴海かもしれない。
そう考えた俺は、ろくすっぽ相手を確かめもせずに携帯を耳に当てる。
電話の主が、鳴海であることを願いながら、
鳴海でないことを祈りながら、
期待と惧れにかすかに震える指で、俺は通話ボタンを押した。
END.
リバーサイドの憂鬱