恋の終わりを受け入れるには長すぎ、
傷心を癒すには短すぎた夏休み。
短い休暇は廃人生活で終わった。
シンポジウムの盛況は人づてに聞けたが、桐生との飲みの約束は結局流れた。
馬鹿丁寧で申し訳なさそうな断りのメールに、俺は正直安堵していた。
無邪気に誘われていたとしても、さすがに俺は行かなかっただろう。
鳴海を失った今、桐生の前で一人芝居をこなせる自信は無い。
紳士然とした桐生の本音を、酒にまぎれて聞きたいような気もしたが、
下手すれば本当の意味で場外乱闘になりかねない。
あの男に真実を伝えるのは、俺の役目では無いのだ。
『いつか、ぜひ三人で』
というメールの誘いが、別の意味で実現する日を待つしかないだろう。
いつになるかはわからないが、その日が来ることを、俺も祈った。
日常生活に支障こそ出なかったが、こちらのダメージも、思いのほか深刻だった。
慣れたはずの、ひとりぼっちの週末。
共に過ごした時間の中で、鳴海がいかに大きな存在になっていたのかを、
否が応でも思い知らされた。
一人寝の寂しさなど、とっくに忘れたと思っていたのに。
通常業務に戻ってからもなお、俺は完璧に立ち直ったとは言い難かった。
意味も無く病理部の前まで足を踏み入れては、居合わせた検査技師に不審がられたりもした。
病院内で微かなホルマリンの匂いを嗅ぐと、その度に無為な欲情を覚える自分に閉口した。
心なしかため息が増えた俺に、兵藤は普段に増してまとわりついてくるし、
藤原さんがやけに優しいのも気にかかった。
高階病院長には何気なく鳴海のその後を尋ねられ、すっとぼけるのに苦労した。
いるはずのない面影が、ふとした拍子に蘇り、俺の孤独をふわりと揺らす。
終わり無い愚痴を聞きながら、大丈夫ですかと鳴海に訊ねた。
想像の鳴海は笑顔で答えず、代わりに目の前の患者が礼を告げる。
聞く者の無い愚痴と泣き言が、俺の中で悲鳴をあげ続けた。
けれど、時が癒すものの大きさを、俺は誰よりもよく知っている。
今は胸を刺すこの痛みも、いつかはかさぶたが剥がれ落ちるように、わずかに甘いものへと変わってゆくのだろう。
これでよかったのかと問い直しては、これでよかったのだと自分に言い聞かせ、
季節がまた一つ、変わろうとしていた。