白衣とシャツをはだけられ、ズボンを引っぺがされる。

 明かりを消した上で、鳴海は下半身のみ脱いでいた。

 ちょっとずるいな、と思ったので、鳴海のシャツのボタンを下から三つだけぷちぷちと外す。

 高そうなシャツなのできっとアルマーニなのだろう。

 俺にとって高そうなメンズ服は大体アルマーニだ。



 俺の胸から腹までを優しく撫でさすり、鳴海は長椅子の脇に膝をつく。

 飽きもせず俺の股間に再び顔を埋めた。


 先ほどのような激しい舌技ではなく、緩くて深いスロートを繰り返し加えてくる。



 「あの、飽きませんか」



 率直な質問をぶつけると、軽く歯を立てられ、どうやら怒られたらしいということがわかった。

 ソファの影に隠れた右手をもぞもぞと動かしていたので、何をやってるのか気になり、上半身を起こす。

 鳴海の指先は、淫猥な動きで自身の尻の隙間にねじ込まれていた。


 指が二本、いや三本。抜き差しされているのが暗さに慣れた目に映る。


 アナルオナニーしている相手にフェラチオをされるのも、それをまじまじと眺めるのも、俺には初めての体験だった。

 久しぶりのセックス、ということに加え、頼りないアルコールの火に照らされたその光景は、

 刺激が強すぎてほとんど現実味を失っていた。



「そんなに見ないでください。 田口先生の視線は、あまりに遠慮がありません」

「私は何をすればよろしいんでしょうか」

「そのままそこにいてください。横になっているだけで結構です」



 言いながら、鳴海は俺に跨ってくる。

 シャツの隙間から、引き締まった腹部と腰が覗いている。

 俺は軽く手を添えて、しなやかな体を支えた。



 硬度と角度を確かめるようにしごかれると、ぬるついた感触が全体に広がるのがわかる。

 先走りだけではない。鳴海が何か油のようなものを塗りこんだのだ。

 鳴海はゆっくりと腰を落とし、先端を薄い尻の挟間で往復させる。



 ぐっと抵抗を感じた次の瞬間には、狭い穴に少しずつ食べられてゆく感触。



 壁に映った二人の影が、妖しく繋がってゆく。

 一番きつい箇所を抜け、俺の先端はすっぽりと鳴海の中に納まった。



「……っは」



 鳴海が初めて小さな声を上げた。

 支えた手のひらの下に、じっとりと汗が滲む。
 


「鳴海先生、大丈夫ですか?」

「……ええ、平気です。すぐに馴染みますから。

 田口先生は辛くはありませんか?」



 こういうときまで、互いを「先生」と呼んでしまうのは、これも医者の業なのだろうか。



「いえ、入れているだけで気持ちいいですよ。

 ですから、くれぐれも無理はしないでくださいね」



 お世辞ではなく、窮屈な洞にみっちりと締めつけられる刺激の強さは、普段味わおうとして味わえるものではなかった。

 その孔の狭さに、鳴海が先ほど見せていた淫らな真似の意味を思い知る。

 あれは、自身を慰めるためではなく、傷つけないために拡げていたのだ。

 白鳥との時も脳裏を過ぎったが、この締めつけに慣れてしまうと、ストレートの男としては、のちのちまずいんじゃないだろうか。


 鳴海はゆっくりと息を吐きながら、注意深く腰を落としてゆく。


 入り口が一番きつく、その奥は柔らかく吸いつくように包み込んでくる。

 じわじわと押し広げられた狭い肉が、俺の形に馴染んでゆくにつれ、改めて鳴海とアナルセックスしているのだという

 事実を突きつけられた。



 それにしても、なぜ、こんなことになってしまったのだろうか。



「……っ、いいですよ。

 田口先生のディック、とても素敵です」



 ディックときたか。



 鳴海は上唇を舐め、ゆっくりと腰を使い始める。

 食いつきのいいそこは、ひっぱり上げるような動きでこちらを絞り上げた。



「ほら、こうすると」



 俺の脇に手をついて、小刻みに腰を揺する。

 濡れた唇から、抑えた吐息が漏れた。



「――私の、性感に当たっています。

 同性間でも、このように快感を与え合うこともできる。

 触覚のレベルでは、刺激に性別の意味はありません」



 尻に異物を埋めながら、それにしてもよくしゃべること。

 先ほどまでやけに静かだったのは、あれはフェラチオしていたからなのか。 


 鳴海元・助教授のレクチャーも、今は半分も頭に入ってこない。

 結合部分が生み出す快感に、流されないようにするのが精一杯だ。

 俺は仰向けになったまま、弱々しく右手を上げた。



「あの、すみません」

「なんでしょうか」

「いきそうです」

「えっ! もう?」 



 鳴海は一瞬素に戻り、その反応に俺はわずかに傷ついた。

 俺の表情がよほど面白いものだったのか、

 鳴海は動きを止め、困ったような微笑を浮かべてもう一度繰り返す。



「もう、ですか?」

「さんざいじくり回したじゃないですか。

 もう、とか言われる筋合いはないです。それに」

「それに?」

「セックス自体が久しぶりなんです……」



 消え入るような声で告白すると、鳴海は俺の顔を手のひらで挟み、優しく囁く。



「田口先生の気持ちよさそうな顔を見ていたら、私も大体満足しました。

 お気になさらず、どうかこのまま出してください」


 そう言ってまた能動的な動きに戻ろうとする。


「ちょっと待ってください」


 寝っ転がっていた俺は、上半身を起こして背に手を回し、動かないように押さえつける。

 座位で密着する形になり、鳴海はかすかに喘いだ。

 その肩に顔を埋め、俺は荒い呼吸を整える。



「少し休めば、大丈夫ですから」



 白衣の背中を、鳴海がいたわるようにぽんぽんと叩いてくる。

 その髪の中に指を沈ませ、繋がったままで俺は呟く。



「よく降る雨ですね」



 鳴海も答えた。



「ええ。 本当に」



 腹と腹の隙間に手を伸ばし、鳴海を握る。

 馴染んでしまった感触に刺激を与えると、きゅっと締めつけられた。

 ダイレクトな反射に興味をそそられ、愛撫を重ねてゆくと、鳴海の太腿が強張ってゆく。



「田口先生。動いて、ください」



 耳たぶを噛みながら、鳴海が囁いた。震える声が秘めたうずきを伝えてくる。

 下から揺さぶり上げると、負けじと擦りつけられた。

 数時間前まで藤原さんが座っていた長椅子が、耳障りな音で悲鳴を上げた。

 薄い粘膜が触れ合うところから、雨と一緒に溶けてゆくようだ。




「――っ、だめ。 僕ももういきます、いく」




 鳴海が俺の腰にしがみついた。



 食いちぎるような締めつけと、俺の手の中でどろりと弾ける熱い滴り。

 それを味わう余裕も無く、というか、俺は鳴海より一瞬早く、

 押しつけられた腰の奥深くに、無我夢中で放出していた。





 めくるめく絶頂に貫かれても、俺は相手の顔から目が離せなかった。

 忘我のさなかで、鳴海自身は気づいていないのだろうか。



 きつく瞑った目尻に滲む涙と、



 声無き声で





 
『義兄さん』





 と呟くその唇の形に。