空気が揺れた。






 何かを掛けられる感触で、重い瞼を開ける。

 目を瞬かせると、いつの間にか帰宅した鳴海が、タオルケットを俺に被せていた。

 こちらの覚醒に気づくと、困ったような笑みを浮かべる。



「ベッドで寝たほうがいいよ。ソファじゃ疲れが取れない」



 生あくびを手で押さえながら、俺は鳴海に尋ねた。



「……今、何時ですか?」

「二時半」

「お帰りなさい。遅くまで大変でしたね」

「いないかと思った」



 何を不安がっているのか、俺には理解しかねた。



 身を起こしかけた俺に、鳴海が抱きついてくる。

 懐かしい匂いがした。

 清潔なせっけんの香りに、わずかに混じるホルマリンの匂い。



 誰かの終わりに触れてきたのだろう。

 淡い死の香りが、鳴海と初めて話した冬の日の記憶を呼び覚ます。



「……いますよ。いるに、決まってるじゃないですか」

「ただいま」



 肩に顔を埋め、動かない俺をいぶかしんだのか、鳴海がそっと身を離した。



「――もう一度シャワーを浴びてきますね。自分じゃ、わからなくて」



 まとわりつく死臭を気にしているようだ。

 返事の代わりに、俺は鳴海ごとタオルケットをひっ被り、その下でキスを交わした。


















 明け方頃に目を覚ますと、鳴海はもう、うなされてはいなかった。

 代わりに目を見開き、静かに寝室の天井を見つめていた。



 明け白み、差し込む光に照らされる、きれいな横顔。

 俺はそれを眺めながら、あるいはこれも夢かもしれないと再び目を閉じた。