月曜日、病院でパソコンを立ち上げると、二通のメールが届いていた。
そのうち一通は鳴海からだ。
あれからすぐに一ヶ月の休暇を申請したところ、アメリカンジョークだと思われ笑い飛ばされたあげく、
逆に夏季休暇中の自宅待機を念押しされたらしい。
遠出できないお詫びが一行。
その後はメールの趣旨が変わり、
医療従事者待遇の日米比較と、休暇期間と労働効率についての統計と報告が詳細に綴られていた。
これは鳴海なりの愚痴なのだろうか。
鳴海は国順でもかなり頼りにされているようだ。
とりあえず、エジプトでの遺跡発掘は望み薄のようでほっとする。
俺とて、一ヶ月なんてとても休めるもんじゃない。
『それは残念でしたね。
また、次の週末にでも相談しましょう』
当たり障りの無い返信をすぐに出し、俺はもう一通のメールを開いた。
『sub : ご無沙汰しています』
差出人の名前を目にした途端、俺の耳に、あの豊かなバリトンが鮮やかに蘇る。
俺は席を立ち、珈琲を淹れてから、フロリダからのメールを開いた。
桐生からのメールは、用件のみで構成されたシンプルなものだった。
二週間後に東京で開催される、移植学会の国際シンポジウムに出席するために日本に来ること。
その時に互いの都合さえ合えば、桜宮まで出向くので、一杯飲みませんかとの誘い。
来日後のスケジュールがはっきりしないので、また連絡するとの約束でメールは締めくくられていた。
フロリダに発つ前日に交わした約束を、今も覚えていてくれたのだろう。
どこまでも律儀なヤツだ。
以前だったら一も二も無く乗っていた誘いだが、俺はさすがに頭を抱えた。
『ところで最近、あなたの義弟さんと肉体関係を持ちまして……』
とまで言わないとしても、 鳴海の話題に全く触れないわけにもいかないだろう。
シラを切り通し切るのは、どちらに対しても二重の裏切りになる。
連絡をもらえない鳴海が、あれほど打ちのめされているというのに、
のうのうと俺にはメールをよこす桐生に、少しだけ腹も立ってくる。
そして、そんな自分にいささか驚いた。
俺は思っていた以上に、鳴海に感情移入し始めているようだ。
鳴海を突き放す桐生の気持ちも、今はわからないでもない。
あれほど結びつきの強かった二人だ。生半可な覚悟では離れられないのだろう。
しかし、一方的に断絶したまま、はたして時が解決してくれるものだろうか。
桐生に対するスタンスを決めかね、連絡を待っているという旨だけ打ち込み、俺はメールを返した。
再来週ならまだ時間はある。
それまでに、何らかの答えを出せればいいのだが。