俺の予想通り、鳴海は水族館に何の興味も持てないようだった。
退屈そうに巡回路を歩き、目玉のジンベイザメの水槽で唯一発した感想が、
「解剖が大変そう」
というものだった。
「ほら、鳴海先生。あれがホヤですよ」
「知ってますよ。地味ですね」
「地味は決して悪いことじゃありませんよ。酒のつまみにもなりますし」
「なぜ、田口先生が反論なさるんですか?」
それは、ホヤが口を利けないからだ。
西日本で一、二を争う規模の水族館を目の当たりにし、
桜宮のこじんまりとした水族館の、さらにこじんまりとしたボンクラボヤに、しみじみとした愛着の念が沸いてくる。
猛暑にも関わらず、夏休みの大型水族館は魚も人間もごった返していた。
俺も早々に根を上げ、人疲れで無口になった鳴海を伴い、近くのマーケットプレイスのレストランで休憩を取る。
購入したガイドブックを眺める俺に、鳴海は呆れたような眼差しを送り続けた。
「この近くに、犬猫やトカゲと触れ合える施設があるようですね。
行ってみますか」
「……動物実験でもするおつもりですか?
田口先生がそんなに生物好きとは知りませんでしたよ」
「まぁ、無益に殺せないほど、程度ですが」
大切なのは目的じゃない。
結果でもない。
過程だ。
鳴海には外に出る機会が必要だと、俺は強く感じていた。
しかしそれにしても、暑い。人が多い。疲れる。
いかに自分自身が、病院と下宿の往復に日々を費やしているのか、鳴海を通して改めて思い知らされた。
「ずいぶん、お疲れのようですね。帰りませんか?」
おしぼりで額を拭う俺に、鳴海が素っ気無く尋ねてくる。
「たまにはね、鳴海先生とデートもしてみたいんですよ。
いけませんかね」
俺の答えに、鳴海は驚いたように目を見開いた。
「これはデートなんですか?」
いい歳した男二人が、こんな観光スポット、他になんのために回るというのか。
あても無くうろつき回るという行為は、あれは若いやつらの特権だ。
飲みだの、夜景だの、目的が無いと他人を誘えなくなったのは、はたしていつの頃からだろう。
「少なくとも私は、そのつもりなんですが」
「まさか、別れる前の思い出作りなどではないでしょうね」
「……そんな面倒なことしませんよ」
うっかり本音をぼやいてしまい、それはそれで酷いセリフかもと反省する。
「鳴海先生は、どこか行きたいところなどはありませんか」
取り繕うように発された俺の質問に、鳴海は虚を衝かれたような表情になった。
「Nothing. いいえ。特には」