学会を挟んだ日々は慌しく過ぎ、俺は週末に一度だけ鳴海に電話を入れた。
『田口先生? 何か御用ですか』
鳴海の対応は冷ややかで、寝る前にせめて声でもなどと、とても切り出せる雰囲気ではなかった。
「今、大丈夫ですか?」
『はい』
「実は来週なんですが、ちょっと雲行きが怪しくなってきました。
電子カルテ導入委員会のほうで身動きが取れないんですよ」
『そうですか』
「また、週末前に電話します。
その時にははっきりすると思いますから」
『わかりました』
「…………あの、お元気ですか?」
『ええ』
「………それは、よかった」
『ご用件はそれだけですか?』
「はあ、ええ、まぁ」
『では、失礼します』
デジタル表示の通話時間は、一分に満たなかった。
事務的なやり取りはいつも通りだが、
それに加え、新しい男ができたんじゃないかと疑うほどに声が冷たい。
新しい男よりも、桐生とヨリを戻したと考えるほうがまだ自然か。
いや、言葉の裏をあれこれ詮索するのはやめておこう。
鳴海と会えばすべてははっきりするのだから。
そう考え、俺はほとんど涙ぐましいほどの努力で、必死にスケジュールを組み立てた。
とんぼ返りで、また鳴海の機嫌を損ねてはたまらない。なるべく余裕を持って行けるべく力を尽くした。
やっと目処がついたのは前日、金曜日の夜。
新幹線に乗る前に一度病院に寄らなくてはならないが、それさえ済ませば土日はフリーになる。
着くのは夕方以降になりそうだと伝えるべく、俺は再び携帯を手に取った。
だが、鳴海の携帯は数コールの後、留守電に繋がった。
俺はメッセージを吹き込み、土曜日の朝、もう一度電話を入れた。
ところが、やはり受話器の向こうから聞こえてきたのは、電話主が不在という無機的な音声だけ。
鳴海は、電話に出なかった。
リバーサイドの憂鬱
5章 コーリング
8月3日
正直なところ、俺は迷った。
連絡がつかない以上、わざわざ行く必要は無いだろう。
留守電は入れたのだし、会う気があるなら電話くらいはよこすはずだ。
逡巡の末、気がつけば俺はいつもの通り、新幹線の切符を買っていた。
それどころか地元の駅で、習慣となった気休めのドリンク剤に加え、桜宮名物ボンクラボヤ饅頭まで購入していた。
二週間の空白を埋める、せめてもの詫びのつもりだった。
行って会えなければ諦めもつく。
その時はおとなしく観光して帰って、それきりだ。
自分の心の動きを辿るまでもない。
とどのつまり俺は、鳴海に会いたかったのだ。
もちろん、心配という意味も含めて。