「あ………いい……いい、です……。

 お上手……です……よ……。田口、先生…………ッ」



 鳴海は頂上の際が見えてくると、アヌスの手前の窪みが脈打ってくる。

 その脈動に最初に気づいたのは掌だったが、直に触れたくなった俺は、余った親指で会陰部分をゆっくり擦った。

 小指以外の残りの指は、鳴海の中をぬちぬちと執拗に弄り続けたままで。



「ぁひッ!」



 すると堪えきれない喘ぎが、一際鋭く鳴海の濡れた唇を衝いた。

 肉環が、幾重にも巻いた輪ゴムのように指を締めつけてくる。

 鳴海の身体はこんなところまで快感神経が発達しているのだ。



 逆向きに横臥して相手の陰部を責めあっていたのだが、もはや鳴海の舌に先ほどの勢いは無い。

 貪りついていた陰茎に必死で唇を添えてはいるが、俺の指に翻弄され、息をつめながら、力なく亀頭部分に吸いつくだけだ。

 鳴海の執拗で巧みな口淫を、言葉以外で止めるすべを俺は既に身につけていた。


 切なそうに透明な液をこぼれさす、 鳴海自身にはわざと触れてやらない。

 ローションの力を借り、ぐちゃぐちゃと音を立てる後ろの穴だけで、鳴海がどこまで乱れるのかに俺は興味がそそられていた。






 たかだか一週間が、互いのからだへの渇望をかき立てるには充分すぎる時間だった。 



 駅での待ち合わせの後、軽いランチもそこそこに、俺たちは鳴海のベッドで絡み合っていた。

 夏の長い日がようやく傾き始め、薄暗くなりつつある寝室で、しなやかな身体が妖しくのたうつ。

 病院に留まっている兵藤は、今頃ぶつくさと俺の悪口を言っている頃だろうか。



「……田口先生……も、もう、充分ですから……

 挿れ……てくださって、構いません……よ」



 俺の太腿に頭を乗せた鳴海は、唇の端をかすかに吊り上げながら、誘うように片脚を抱える。

 しかし、シーツの上で反り返る足指を目で追いながら、このまま尻の穴だけでいかせることができるのではないかと、

 淡い期待と学術的な好奇心が俺を衝き動かしていた。


 どうせまた搾り取られるハメになるのだから、今はとりあえず鳴海を落ち着かせて、後に備えておこうという目論見もあった。



「構いませんよ、ですか」



 のたうつ下腹を左肘で押さえつけ、俺は鳴海の脚を、恥ずかしい形に開かせる。

 なおも穴をくじると、鳴海は戸惑いを隠せない様子だった。



「あ、あ……あ、もう……。田口先生、それ以上は……ぁ」

「それは、私へのお願いでしょうか」



 手の動きを止め、努めて平坦な口調で俺は言った。

 すぐに鳴海は、今の主導権がどちらにあるかを察したようだ。

 冷たく突き放すか、口汚く罵ってくるかと思えば、そのどちらでもなく恍惚を秘めて微笑む。



「……今日の田口先生は、ずいぶんと意地悪なんだな」

「そんなことは無いと思いますけどね」

「いいよ、そういうのも嫌いじゃない」



 普段の鳴海に比べたら、俺の悪戯心など意地悪のうちに入らないだろう。

 鳴海は余裕を崩さないまま、提示されたロールプレイに乗ってくる。



「お願いですから、どうぞあまり焦らさないでください。

 ……田口先生が欲しくて、私はもう、こんなに」



 ひくり、ひくりと、とろけた粘膜が指に絡みつく。

 いかにも芝居がかったビブラードが耳に溶け、こちらの自制をいとも簡単に揺るがしてくる。

 しかし、俺は緩んだタガを締めなおした。



「こんな、じゃわかりませんよ」



 鳴海は一瞬鼻白んだが、内側への刺激を再開すると、

 その表情はすぐに淫らに蕩けた。

 眉を八の字に寄せ、薄く開いた唇の間で舌が泳ぐ。



「Oh……Fuck me……fuck my ass,……please.」

「……あの、できれば日本語でお願いします」



 洋ピンじみた流暢な発音で喘がれ、どうしても鳴海の過去の男遍歴に意識が行ってしまう。

 いく時に、アイムカミングとか言い出さないだけまだマシなのかもしれない。



「ぁ……も、限界……。

 お願い…します。

 私の……いやらしいお尻の穴で、田口先生を、感じさせて…くださ……」

「鳴海先生がいやらしいのは充分承知していますが、何が、限界なんですか」



 開かされた太腿を引きつらせる鳴海に、

 のらりくらりとした俺の受け答えはさぞかしもどかしいものだろう。

 親指の下の脈打ちと、半勃起のまましどとに濡れて膨らむ亀頭部分が

 卑猥な対比で鳴海の切迫を伝えてくる。 



「ぅくッ、このままでは……わ、私だけ恥ずかしい真似を……ぉ…

 晒してしまいます……ッ 

 もう、許して……田口先生のディックを……くださ……ッ!」



 少しずつ、芝居が本気になってくる。

 蠢く俺の腕に指を立て、懇願する鳴海の姿にそそられ、本当にやや意地悪な気分になりつつあった。

 指を引き抜いて鳴海に乗り上げ、いやらしいという言葉通りの穴にあてがう真似をする。



「力、抜いてくださいね」



 期待に息を上げる鳴海が、ぎゅっと抱きついてくる。

 だが俺は、ゴムの被さったそれを鳴海の太腿に押し当て、再び指を四本、口を開けたアナルに沈めた。



「あ…え……?」



 戸惑う鳴海を見下ろしながら、会陰部に置いた親指と挟みこむように、鳴海の性感をぎゅっと押し上げた。



「ううッ!!」



 内部の快楽器官を絞るようにして揉むと、すっかりペニスが来るものだと思い込んでいた鳴海は、脚を突っ張らせてのたうった。



「酷い……ッ!」



 すすり泣くような抗議に耳を貸さず、俺は指先に意識を集中して、猥褻な触診を繰り返した。

 逃れようともがく下半身を捕らえたまま刺激を重ねると、俺の下で鳴海の腰が痙攣を始める。

 俺は、追い詰められて目を見開く鳴海の表情から視線を外せなかった。



「ぉあ…ッ 指、いやだッ! も……もう、いくッ

 いく、いく、だめ、いく、こんな……ッ!! あ、あ――」



 悔しそうな鳴海の悲鳴と共に、俺の指先で性感がこりっと一瞬膨張した。



 食いちぎらんばかりに締めつけていた穴が瞬間、弛緩して、その後で猛烈な閉じ開きを始める。

 ああ、ああ、ああ、と、痙攣の発作に合わせ、鳴海は切なげな啼き声を上げ続けた。

 ある種の達成感と共に鳴海の股間に視線を落とすと、そこは驚くほど濡れそぼっていた。

 相変わらず半勃起状態のままの陰茎が、半透明の液を大量に吐き散らしている。


 俺の腹をも濡らしているそれをすくい、指で挟んで伸ばしてみたが、精液とは違うさらさらした感触だ。

 若干の濁りが出ているが、これはカウパー氏線の分泌物だろう。

 つまり、鳴海はまだ射精に至っていないということだ。


 それを知った俺は、わざとらしい反応にいささか腹が立ち、触診を再開することにした。



「鳴海先生、いったふりをされても、すぐにわかってしまいます」

「ひぃッ!」



 ひくひくと蠕動が止まらない器官が、そこだけ別の生き物のように、ねっとりとした動きで指先をしゃぶる。

 鳴海はいやいやをしながら俺にしがみつき、途切れさせながら淫らな声を絞った。



「got an orga……も、もう……いきッ、いきました、いきましたから……ッ! 

 だから、指……あ……動かさないで……!もう……いじらな…ひッ!」



 そんないじらしい声を上げたとしても、体はごまかせない。

 本当に達した直後ならば、性感を弄ったって苦痛なだけで、こんな艶っぽい反応はできないはずだ。

 そのうちに鳴海は明瞭な言葉を失い、掠れた悲鳴だけを上げ続けた。

 鳴海の唇の端から、だらしなく唾液が糸を引いて垂れ落ちる。

 がくんがくんと腰だけが暴れ、今度こそはと俺は期待をかける。



「ぉおッ! いや……いやだッ! また、またくる……! 

 お……いく、いく、お尻、狂うッッ!!  あ――ああああああああああああッッ!!」



 シーツを握り締めて鳴海は海老反った。

 締めつけられすぎで、酷使した指の付け根が痛くなってくる。

 指先に伝わる淫猥な食いつきも、忘我の表情も、跳ね続ける手足も、オルガスムスのサイン以外の何物でもないのだが、

 鳴海自身はやはりだらだらと半濁の蜜をこぼし続けるだけだ。



「あ…………あぁ………」



 悶え続ける鳴海から指を引き抜き、俺はおそるおそる尋ねた。



「ひょっとして、本当にオーガズムなんですか?」

「……そう、言ってるじゃ……ないですか……」



 小さな声で呟く間も、鳴海の身体はぴくんぴくんと小さく跳ねる。



「でも、射精に至ってませんよね」

「………………このバカ」

「え?」

「……そういう、エクスタシーも、あるんです」



 軽い感動すら覚えて、俺は答えた。



「へぇ、そうなんですか。勉強になります」

「……………………。

 …………これだからヘテロの男は、タチが悪い…

 フィニッシュは全部射精だと……思ってる」



 ぐったりした様子の鳴海に、さすがに反省の念が沸いてくる。

 うつぶせていた鳴海は、顔だけこちらに向けると、俺を指で差し招いた。



「鳴海先生、大丈夫ですか? お水、持ってきましょうか」

「……気が済んだなら、そろそろ挿入していただけませんか」

「え」

「それとも、おねだりがまだ足りないのかな」

「いえ、鳴海先生、お疲れなんじゃ」

「こちらにだけ二度も恥を晒させるつもりですか?」



 掠れた声音はやや怒っているようだ。

 よくわからないが、鳴海の中では、自分だけ昇りつめるのは『恥』らしい。

 うつぶせの腰をわずかに掲げ、官能を残す表情でこちらを誘ってくる。



「……いやらしいことなら、いくらでも言ってあげるから」





 結局また、挿入欲に負けてしまった。

 二度達した後の肉孔の収縮は、こちらの理性も軽く吹き飛ばす感触だった。





 防音の行き届いた寝室で、俺たちはほとんど獣のような声を上げて交わった。

 掌で鳴海の射精を確認することで、俺はやっと安心して、思う存分欲望を吐き出すことができたのだった。