俺が中に出してしまった後も、鳴海は腰の上からしばらく動かなかった。
跨ったまま、俺の顔を優しく挟み込んで、お互いの息が整うのを待っている。
「……田口先生は、セックスのときに本当に気持ちよさそうな顔をしますね」
皮肉ではなく、しみじみとした口調。
気持ちいいのだからしかたない。
鳴海は名残惜しげにキスすると、やっと隣に滑りこんでくる。
「鳴海先生には負けます」
「そう?」
毛布の下で、鳴海が指を絡ませる。
向き合うと、裸の胸に頭を押しつけてきた。
「猫みたいだな」
いい加減眠い俺は、うっかり口に出してぼやいてしまう。
「ネコですか」
「ああ、気に障ったらすみません。初めて面談した時、猫っぽい方だなとの印象が強くて」
うつらうつらとピロートークにつきあうと、鳴海は顔を上げて意味ありげな笑みを浮かべた。
「意外だな。 そんな目で見られていたなんて」
「そうですか」
「でも僕、タチもやりますよ」
「……なんだか話が噛みあってないような気がするんですが」
「気のせいでしょう。なんなら、試してみませんか?」
裸の尻を鷲づかみにされ、閉じかけていた目がいっぺんで覚めた。
「その時は、エネマから任せていただけないでしょうか。優しくしますから」
耳元で囁かれ、俺の脳裏には、白衣にゴム手袋で浣腸器を手に立つ鳴海の姿が過ぎった。
シリンジで高濃度グリセリンを吸いこみ、にやりと笑っている。
俺はいやいやをしながらベッドの端までにじり去った。
「いえ、あの、そういうのはなるべく心の準備ができてからということで」
「ニフレックでも構いませんが」
ニフレックは大腸検診用の下剤だ。
ものすごくまずくてものすごい飲みにくい。
「それは勘弁してください」
腰が引けすぎ、広いダブルベッドから落ちそうになる俺を抱き寄せて、鳴海は困ったように笑った。
「申し訳ありません。怯えさせてしまったようですね。
大丈夫、田口先生が嫌がるような真似はしませんよ。
だから――」
それきり黙り、なだめるように俺の頭を撫で続ける。
ヤサ男風の外見から、俺はてっきり鳴海は女役なのだと信じ込み、そう接してきたのだが、
どうやらそう単純なものではないらしい。
ということは、桐生が……まで想像して、なんとも言えない感情がわき上がってくる。
男同士の関係とはつくづく複雑なもののようだ。
そう考えると、俺はずいぶん鳴海に一方的なセックスをしてきたのかもしれない。
また言葉尻を捉えられてはたまらないので、
『心の準備ができるまで、待っていてくださいね』
という小さな決意は、胸の内だけにしまっておくことにする。
「あの人は」
俺のか細い勇気を知ってか知らずか、鳴海は小さく震える声で呟いた。
「セックスの時は、何かを耐えるような、後悔しているような顔をするんです。
僕にそう見えるだけなのかもしれませんが、いつもそれがとても辛くて――」
罪悪感なら俺も同じだ。
あんな写真を見た後ならなおさら、鳴海とのこの行為が、桐生への裏切りなのではないかと思えてくる。
桐生がそう簡単に鳴海を見捨てるとは思えない。
新しい生活に忙しく、鳴海の淋しさにまで気が回らないだけなのではないだろうか。
「会いたいでしょうね」
俺は言った。
「――はい」
俺の頭を抱いた鳴海は、素直に頷いた。
「でも、仕方ないんです。
他にどうしようもないことぐらい、私にだってわかりますから」
ぎゅっと腕の力を強め、鳴海は嬉しそうに囁いてくる。
「それに今日は、田口先生と朝まで一緒だ。
嬉しいな」
鳴海を哀れに思いながらも、後ろめたさからか、俺は桐生にほとほと同情していた。
事故とはいえ、仮にも未来を奪ってしまった相手から、こんな風に無防備に甘えられてはたまらないだろう。
それは、あまりにも甘やかな地獄だ。