「こんなところにまでノコノコついて来て、悪い人だ」



 玄関マットの上にひっくり返り、目を白黒させている俺に乗り上げ、熱っぽい瞳で鳴海が囁く。

 ついて来るも何も、呼びつけた上で無理矢理引っ張ってきたのは鳴海のほうだ。

 額から頬、顔中にキスの雨を振らせながら、俺のシャツを乱暴にめくってくる。



「どうなっても知りませんよ」



 どうなってもいいから、とりあえずメシだけ食わせてほしい。



「鳴海先生、落ち着いてください。あの、シャワーを」



 俺の上半身を裸に剥くと、鳴海は膝乗りになったまま、自分のシャツも脱ぎ捨てた。

 汗ばんだ胸が密着し、興奮しきった鳴海が、太腿に当たるのを俺は感じた。



 しつこいようだが、ここは玄関先だ。

 片方残った靴を足先で脱ぎながら、我ながら情けない悲鳴を上げる。



「せ、せめて寝室に行きましょう。寝室はどちらですか」

「be a bit quiet」



 唇を人差し指で、それから唇で塞がれ、俺は指示通りおとなしくなる。

 下着を剥ぎ取られる頃にはさすがに観念も固まり、鳴海の裸の背に手を伸ばした。
















 先週の復習は、体と指が覚えていた。






 狂乱のひと時が過ぎると、さすがにこんな場所で発奮したことが気恥ずかしくなってくる。

 俺は素っ裸のまま、廊下の壁に背を預け、呆然と見慣れぬ天井を眺めていた。

 結局、玄関で最後までやってしまった。



 同じく裸の鳴海は、俺の肩に頭を預け、ようやく落ち着いたようだ。

 けだるい表情で何をやっているのかと思えば、人差し指で俺の乳首を弄んでいる。ちょっとこそばゆい。

 その裸の背を気にして、俺は尋ねた。



「背中、大丈夫ですか?」



 乳首にのの字を書いていた指を止め、鳴海は視線を上げた。



「ええ、大丈夫です。田口先生こそ、膝は平気ですか?」

「平気ですよ。玄関マットが柔らかいので、助かりました」

「そうですか」



 鳴海はふかふかのマットに指を沈め、しみじみと呟いた。



「掃除しておいてよかった……」



 そういう問題ではないと思うのだが。


 俺の困惑を肌で感じたのか、鳴海は恥ずかしそうに言い訳を繋げた。



「申し訳ありません。

 田口先生の野暮ったい私服を肉眼で視認したら、堪えが利かなくなってしまいました」



 野暮ったいは余計だろう。



「そういえば、外でお会いするのは初めてでしたね」

「まさか、往診にまで来てくださるとは思いませんでしたから」



 外来の範疇など、とっくに飛び越している。

 判っていてそんな言い回しをする鳴海に、やはりかすかな棘を感じた。

 だが、そんな小さな針を逆立ててまで、何を守ろうとしているのかまでは判別できなかった。






 その時、玄関の扉の向こうからかすかに話し声が聞こえた。

 厚い扉越しに通る、甲高い子供の声。

 同じ階に住む家族連れか何かが、どこかに出かけるところなのだろうか。

 扉一枚を隔てたこちら側では、いい歳した裸の男が頬寄せ合ってることなど知らずに。



 俺たちはなんとはなしに黙り込み、過ぎ去ってゆく子供の声に耳を澄ませた。

 しかし生理現象とは容赦ないもので、沈黙を見計らったように、俺の腹がぐううぅっと鳴った。

 空っぽのまま放置された胃が、ハードな食前の運動を終えて、改めて自己主張を始めていた。


 鳴海は薄く笑って、汗が引いた俺の腹に触れてくる。



「おなか、すきましたね」

「目が回りそうです」

「Sure. シャワーを浴びたら、何か食べに行きましょう」



 鳴海はやっと立ち上がり、投げ散らかした二人分の服を拾い歩きながら、バスルームへと誘ってくる。

 俺はすきっ腹を抱えながら、期待を込めて尋ねた。



「どこか、お奨めのお店とかありますか」

「いえ、まったく知りません」

「……………」

「戻ってきたら、また、続きをしましょう」



 今後の予定を思い、俺は軽い眩暈を覚えた。

 玄関先での行為など、鳴海にとっては前菜程度のものなのだろうか。