「ハァ? クリスマスに一緒に過ごせないって、どういうことなんだよ」
恐れていた日が、ついに来てしまった。
初めての恋人と、初めて迎えるクリスマス。
本来なら俺にとって、またとない思い出作りの日になるはずだったのに。
「理由くらい言えってんだよ!」
「いや、あの、バイトどうしても断れなくってさ」
「あ、そう。 オレより時給が大切ってね」
「おれにだって色々義理があるんだよ……」
「だいたい、なんのバイトしてるワケ?」
「………サ……ティッシュ配り、みたいな……」
「ふーん、場所は?」
「あちこち……移動しながら……」
「何時に終わるのよ」
「………………朝まで」
勇はとうとうブチ切れた。
安っぽい合板のテーブルが、ガタッと揺れる。
「そんなティッシュ配りがあるかよ!
もうちょっとマシな嘘考えろバカ!
どうせ他に女だか男でもいるんだろ!!」
マックにおれを置いて、勇は出て行ってしまう。
ちっくしょ、言えるわけねえだろ……!
まさか、おれが、サンタクロースだなんて……!
ラストクリスマスが悲しい曲だと理解したら、
もう、大人。
去年からサンタクロースをやってるおれだが、
まさか勇とつきあえるようになるとは思わなかった。
ちなみに去年の話はこれだ。
つきあうことになったきっかけは、下駄箱で勇の上履きの匂いを嗅いでいるところを
見つかってしまったことだ。
勇の部屋に忍びこんだ時のことが忘れられず、
どうしても欲望を抑えられなかったおれは、
小銭を探すふりをして、勇の靴箱の中に一生懸命頭をつっこんでいた。
「……なにやってんのオマエ」
夢中になりすぎて、勇が背後に立っていることに気づけなかったおれは、
本気で殺されることを覚悟した。
まぁ、普通なら口も利いてくれなくなるだろう。
事実それから三日間、勇は目も合わせようとしなかったのだ。
ところが勇は三日後、屋上におれを呼び出した。
「色々考えたんだけどさ……」
青ざめながら頬を赤く染める、という離れ業をこなしながら、勇はこう切り出した。
「………あんなことされるなら、直接オレになんかされたほうが、まだマシだわ」
やや変則的だが、こうして晴れて二人は恋人同士になれたのだ。
人生、何がどう転ぶか本当にわからない。
おれたちは一緒に弁当を食べたり、メールや日記を交換したり、靴下をもらおうと土下座しては断られたり、
もう一度頼みこんで踏まれたり、罵られたり、順調に交際を重ねていた。
問題はそう、クリスマスだった。
サンタクロースになることを引き受けたときは、よもや自分に恋人ができるなどと、
考えてもみなかったのだ。
そしておれはやっと理解した。
サンタクロースは、おれにまでお鉢が回ってくるほど、なり手の少ない職業なのだ。
そりゃそうだろう。
人がアレコレ楽しんでいるときに、何が悲しくて見ず知らずの人間に奉仕しなけりゃならないのか。
おれだって楽しみたいよ!
具体的に言うと、勇とアレコレしてみたいさ!
靴下だって気になってしかたない年頃だけど、もちろん一番大好きなのは中身なわけだし。
でもさ!
今おれが抜けたら、おれが担当する地域のよい子たちは、サンタクロースにプレゼントをもらえぬまま、
クリスマスを迎えることになってしまう。
モノがもらえるかどうかは大したことじゃない。
モノはモノだ。どうしても欲しければ、自力でだって手に入れられる。
問題は、サンタクロースが来なかったことにより、
自分が一年よい子だったことを知らないまま、次の年を迎えてしまうことだ。
ようするに、おれが配っているものは、
『今年一年よくがんばったで賞』なのだ。
もちろんサンタクロースが、自分の正体を明かすことはタブーだ。
勇に打ち明けた途端、おれのサンタクロースの称号は剥奪される。
……どう考えても、無くして惜しい肩書きじゃあないけれど、
少なくとも今年一年だけでもなんとかしなければ……・。
頭を抱えたまま迎えてしまったクリスマスイブ当日。
日が沈む前にバカでかい箱が宅配便で届いた。
ハンコを押すと、差出人は『サンタクロース日本支部』からだった。
……ひょっとして、苦労しているのはおれだけで、あちらは隠すつもりがまるでないのかもしれない。
中には頼んでいた配送用のプレゼントと、手紙が入っていた。
『おめでとう! 昨年のあなたの多大な功績が認められ、サンタランクが一つ上がりました。
今日からあなたの称号は≪神兵サンタクロース≫です』
……別にそんな名前をもらったからと言っても、あまり嬉しくはない。
あと、サンタクロースてやっぱり、Light寄りの属性だったんだな。
ムド死にしないように気をつけなくちゃな。
手紙にはまだ続きがあった。
『今回の追加装備を贈ります。
追加装備:上着』
そういや、去年はズボン一枚で走りまわされたけど、今回は上着ももらえるわけだ。
よかった。これでおまわりさんにうっかり見つかっても、職務尋問や逮捕される可能性が減る。
おれももう、裸で走り回らずに済む…!
ところが、手紙にはさらに続きがあった。
『追加ボーナス装備:トナカイ』
え? トナカイ?
そんな大きな生き物が、入ってるようには見えないんだが。
その前にソリが先じゃね?
というか、おれの上着は?
手紙はそこで終わっていた。
もう一度読み返そうとすると、箱の中から、プレゼントを掻き分けて、ヘンないきものが這い出てきた。
…………。
それは、中型犬くらいの大きさで、全身が灰色の羊毛に覆われた、羊みたいな生き物だった。
なんか食ってる。
「…………………」
むしゃむしゃむしゃむしゃ。
「………………………………」
むしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃ。
………これ、トナカイじゃなくて、ひょっとしてトウテツじゃないか? 邪神じゃないか?
トの字しか合ってないんじゃないか?
『今度のマニアクスのゲストはライドウです』
と言われて、実際に出てきたのがおいどんだった時くらいに、おれはびっくりした。
というか、おれの上着は?
むしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃ。
おれはトウテツがもぐもぐしているものを、無理矢理吐き出させる。
なんか、赤い布きれのの、切れ端だった。
「ちょ……! こら! 返せよおれの上着!」
頭をぺしんとやると、
食事を邪魔された上にはたかれたトウテツは、おれに向かってメギドラを唱えた。
部屋が爆発した。
配るプレゼントとズボンと自分の部屋、ようするにすべてを失ったおれは、とぼとぼと勇の元へ向かった。
股間は、てくてく歩くトウテツが隠してくれていた。じんわりとぬくい。
「いさむ〜」
去年の癖で、窓から侵入してしまおうとする。
ピッキング道具も無いから、窓が開かない。
おれの声に気づいたのか、勇がカーテンを開けてくれた。
「ハッ! 今さら来ても遅いって………うわッ!」
窓に張りついていたのは、全裸のおれとへんないきもの。
窓の向こうの勇は、焦って携帯から110番しようとしていたが、もう一度窓を見ておそるおそる指を止めた。
「……オマエ、何やってんだ?」
「上着を食べられたせいで、この年末に部屋がなくなった……。
こいつは絶対にトナカイじゃない………」
「え? 言ってることが1ミリも理解できないんだけど。
うわ、ちょ、カーテン食うなよ!」
「おれ、サンタクロースだったんだ……」
「え? 恋人がサンタクロース? しかも過去形?」
おれは勇にすべてを伝えた。
これでサンタクロース資格は剥奪だ。
というか、これ、労災きくんだろうか。
勇はおれの熱を測り、何度か救急車を呼ぼうとしながらも、最後まで話を聞いてくれた。
トウテツはずっと何かをもぐもぐしていた。
「いきさつはイマイチ飲みこめないんだけどさ」
勇は遠い目でおれを見る。
「去年のあの変質者、オマエだったんだな……」
「ごめんなさい」
「……まぁ、ガラス代はあとで請求しとくさ」
それから勇はしばらく黙っていたが、やがて、タンスの引き出しを開け、何かをおれに差し出した。
緑の包装紙に、赤いリボンがかかっている。
「これ、オマエへのプレゼントだったんだよね。
ちょうどいいや。今やるよ
マッパじゃ落ち着かないからな」
開けると、中からは黒の短パンが出てきた。
十二月に短パンをくれるセンスは、さすが勇だ。
おれは全裸の上にそれを身につける。
うん。
やっぱりおれには、サンタの衣装よりこっちだ。
「ありがとう勇。
なんかこのパンツ、世界が終わる日にも破れなさそうな気がする」
「いちいち喜びかたが大げさなんだよ。
ヘンなモンぶら下げられてたら、オレが迷惑だっていうの」
おちこぼれのサンタクロースのおれは、全然よい子なんかじゃなかった。
それなのに、プレゼントをもらえた。
これから先、夏だろうが冬だろうが世界の終わりだろうが、毎日この短パンを履いて暮らそう。
サンタクロースは今年で廃業だが、
来年からは、おれは勇専用のサンタクロースになろうと、堅く決意した。
なんだか世界中にアイラブユーを言いたい気分だ。
とりあえず目の前の大切な人に、その言葉を伝えることにする。
「勇……アイラブユー」
「あ」
勇はおれの囁きには耳を貸さず、唖然として自分のタンスを見ていた。
トウテツが引き出しの中に頭をつっこみ、もぐもぐと顎を動かしている。
慌てて引っ張り出すと、口の端から勇の靴下がはみ出していた。
「ちょ……! それ、おれの靴下!!!!!!」
「いやオマエのじゃねえだろ! オレのだ!!」
無理矢理口をこじあけると、トウテツは不機嫌そうにじたばた身をよじらせる。
そして、もう一度メギドラを唱えた。
そんなわけで今年の冬、君の元へサンタクロースが来なかったとしても、
どうか落ちこまないで欲しい。
おれはこの通りこういうわけ(全治一ヶ月)だったので、君の元にプレゼントを届けることができなかったのだ。
努力はしたのだけれど、プレゼントも自室も吹き飛んでは、もうどうしようもない。
中身も、そんなに大したプレゼントじゃなかった。開けても君は喜ばなかったかもしれない。
それでも、君が一年がんばってきたことは、誰よりおれがよく知っている。
君は今年も本当によい子だった。
おちこぼれのサンタクロースだったけれど、おれは君を祝福する。
そして、願っている。
来年は、まともなサンタクロースが君の元へ訪れることを。
いや、サンタクロースなんか来なくたって、
君が自分自身をどうか誇りに思えますように。
あと、来年こそ、勇がおれに靴下をくれますように。
メリークリスマス。
END.