頼んでも頼まなくてもサンタが街にやってくる。













『これできみはサンタになるんだ……』






謎の少年からそんな言葉と共に、真っ赤な半パンを押しつけられたのが一ヶ月前。

その日からおれは新人サンタになるべく、毎日走りこみは欠かさなかったわけで、

万全を期しての12月24日。

今日はクリスマスイブ。

おれのサンタクロース初出勤の日だ。





サンタクロースがスカウト制というのは、世界に隠された秘密だそうだ。

一介の男子高校生であるおれがなんで選ばれたのかは謎だが、

世界をちょっとずつ幸せにするお手伝いができるのは、いい仕事なんじゃないかと思い、

あんま考えずに引き受けてしまった。







問題は、寒い。

ただひたすら寒い。

なぜならおれは上半身素っ裸で年の瀬の深夜を走り回っているからだ。





サンタクロースと言えば、赤い上着に赤い帽子、ブーツに白いヒゲにトナカイのソリ。

という姿が一般的だが、あれは最初から一式与えられるわけではないらしい。


最初は誰もズボン一枚与えられたところから始め、


次の年には上着、

その次の年にはブーツ、

その次の年になってようやく帽子がもらえ、

その次の年にソリ。


ただ、最初からトナカイがついているわけではないので、

ソリを与えられた最初の年には、自分で引かなきゃいけないそうだ。




映画や絵本に出てくるような6頭引きのソリに乗ったサンタクロースは、

あれはもう相当なエリートらしい。だから老人しかいないわけだ。

ああ、おれも早くハイホーとか言いながらトナカイの尻を眺めたいもんだぜ。

その前に、とにかく上着欲しいかな……。




たとえ上半身素っ裸でも走っていればあったまってくるもので、

おれは白い息を吐きながら袋を肩から下げ、担当地区をひたすら走り回った。

なぜなら止まれば凍死してしまいそうだからだ。




なるべく人気の無い路地を走り、屋根の上を走り、

うっかり人に見つかったときにはアルバイトのふりをしたり、

酔っ払いのふりをしたり、電柱の影でやり過ごしたり、



自分で言うのも難だが、おれは意外とサンタに向いているのかもしれない。

そう思えるほどに、初めてにしては順調な仕事っぷりだった。




もちろん、プレゼントのチョイスだって自分で考えたものばかり。

相手が本当に喜ぶものをプレゼントする。

いいサンタクロースになれるかどうかは、このセンス如何にかかっているらしい。

おれは我ながらいい仕事をしていた。






オカルトライターの枕元には、観たら呪われるビデオ。

不法滞在の外国人には偽造パスポート。

IT会社のチーフテクニカルオフィサーには育毛効果のあるシャンプー。

野心家のお嬢さまには某政党幹事長の裏帳簿。



朝目覚めて枕元を見たらみんな満面の笑顔になるに違いない。

クリスマスの幸せな朝のことを考えると、寒空の下半裸で走り回るこの仕事も素晴らしいものに思えてくる。







初配達ということで、おれに割り当てられた持ち場は多くはなかったが、

それでも最後の配達に向かう頃には4時を回っていた。

さすがに人通りは少ないので通報される可能性は減ったが、サンタクロースの名に懸けて

夜明け前にはプレゼントを置いていかねばならない。




リストの最後の名に、おれは胸のトキメキを隠せなかった。

奇しくも、最後の贈り物の相手は、気になるクラスメートであったからだ。






「お邪魔しまーす」




煙突から入るというのは昔の話。

少なくとも、東京のマンションにはそんなものはないので、

おれはサンタの七つ道具の一つである、ピッキング器具を使ってベランダの鍵をこじ開けた。

もちろん手元には自動的にモザイクがかかるので、万が一人に見られても安心だ。



物音を立てないように、勇の寝室に足を踏み入れる。

ベッドの中で、鼻まで布団を被りながら、勇はほこほこと眠っていた。

もう配達なんてどうでもいいので、一緒に布団にくるまって朝まで眠ってしまいたくなる。



「メ、メリークリスマース」



せっかくなので布団を少し下げて、勇の寝顔を拝むことにする。

うわー。やっぱり寝顔もかわいいなぁ。

サンタクロースなんだからほっぺにちゅーくらいしてもいいよなぁ。

いや、唇でもいいんじゃないか? ここは欧米式に……。



「ん……」



鼻息のかかる距離で勇の寝顔をじっと見つめていたら、

勇は寝返りを打ってまた布団を被ってしまった。

一瞬目覚めるかと思って焦ったぜ。

さすがに上半身裸で部屋に忍び込んでいるとこ見つかったら言い訳できないもんな。



寝ている勇をいじるのは諦め、おれは本来の仕事に戻ることにした。

中身をほとんど配り終え、しぼんだ白い袋の底から、PS3を取り出す。

発売したばかりのプレステ3、これをもらって喜ばない男子はいないだろう。

特に初期不良著しい初出荷機はプレミアものだ。


予算をこっちに当てたお陰で、不法滞在外国人用の偽造パスポートが凄いチャチなものになってしまったが、

勇の喜ぶ顔には変えられない。


「勇、プレステ3もらったんだって? すっげえなぁ!やらせてくれよ!

 いや、ゲームを!!」


と、口実に、遊びに行くことも可能じゃないか。

おれはニヤニヤしながら、リボンのかかったでかい箱をそーっと勇の枕元に置く。


「ん?」


その拍子に、勇の枕元からひらりと紙が落ちた。

なんだこれ? 字が書かれてるぞ。

出せなかったおれへのラブレターか?


興味を引かれたおれは、ベッドランプの薄明かりの下でメモを開いた。

はたしてそれはクセのある勇の字だった。






『サンタさんへ。
 Wiiが欲しいです』







……………。

……………………。

…………………………………。



なんでだよ!



そんなカドゥケウスの女医が気になるのかよ!!

DS版難しくて投げ出したよ!! 

腹の中這いずる無数の虫を魔方陣で時間を止めつつレーザーで焼き殺すって、

どう考えても医者の仕事じゃねえよ!

どう考えても真・女神転生シリーズの新作が出るらしいプレステ3入手しとくとこだろ!!

そんなバーチャルコンソールが握りたいならおれの股間を握らせてやるからさ……!

優しく、ときには激しく振り回してくれたって構わない。






こちらに背中を向けてぐーぐー寝ている勇に、心の中で悪態をつきつつ、

今回はプレステ3で我慢してもらうことにする。

来年のクリスマスまでにはwiiを用意することにしよう。



プレゼントを置いて立ち去ろうとしたところで、おれは大切なことに気づいた。

そうだよ。靴下に入れなくちゃ。

やっぱクリスマスのプレゼントは靴下に入れてもらってなんぼだよな。




ところが勇の枕元を見回しても、靴下は見当たらない。

サンタあてのメモが残してあるのに、靴下を用意しないなんて、

サンタを信じたくても信じられない勇の思春期の逡巡に、おれは甘酸っぱい気持ちになった。



仕方ないので、勇のタンスを勝手に漁って靴下を探すことにする。

最初に引いた引き出しには、学校の体操着やTシャツの類が詰められており、

おれはやんわりと勃起してしまった。





いかんいかん。サンタの仕事を忘れちゃいけないよな。

次に開いた引き出しには、し、下着が入っていたので、とりあえず顔を埋めてみた。

うおー。一枚持って帰りてええええええええ。


しかしサンタが盗みを働くわけにはいかない。

おれ一人じゃなく、サンタクロースという夢そのものに傷がつくからな……。



後ろ髪と後ろのツノを引かれる思いで下着を諦め、同じ引き出しに仕舞われていた靴下を一枚引っ張り出す。



ふくらはぎほどの長さの黒い靴下には、ドクロのプリントがついている。

いつも思うんだが、勇はこういうのどこで買ってくるんだろうな……。

その靴下に、プレステ3の箱を突っ込もうとしたがやっぱり入らない。

勇の靴下をひっぱったり伸ばしたりしている間に時間はどんどん過ぎていく。




「どうしよう……。入らねぇ……」




疲れ果て、やや伸びてきた靴下の匂いを嗅いでいたら、おれはたちまちのうちにまた勃起してしまった。

サンタクロースの真っ赤な半パンの盛り上がりを見ていたら、おれはあることを思いついてしまった。

おもむろにファスナーを下ろし、肉体の一部を開放する。




寝ている勇の横で露出しているかと思うと、マガタマは元気になるいっぽうだった。

勇の靴下を、ギンギンに元気なおれのオベリスクに被せてやる。

思ったとおり、




「ぴったりだ」




靴下はおれの股間に優しくフィットする上に暖かかった。

勇のぬくもりがひしひしと伝わってくる。

なぜか下着よりある意味興奮した。

もうプレゼントおれでいいんじゃねえかな。これ。




勇の寝室で勇の靴下を股間に被せる、という行為に得意になったおれは、

勇の寝顔を覗き込み、靴下の上から自分の股間を握りこんだ。




「勇………。

 プレゼントフォーユー……」




耳元でささやくと、ただならぬ気配を感じ取ったのか、勇はぱっちりと目を覚ました。





























おれの姿を見て恐慌状態に陥った勇が、携帯で警察を呼んだので、

慌てて窓を突き破って逃げました。

股間に靴下をつけたままだったので、学校が始まったら洗って返そうと思います。












メリークリスマス。











                                                          HAPPY END