小さな鍋で、砕いたチョコレートを溶かして塩を一つまみ。
そこに牛乳を注いでよく混ぜる。
不味くて飲んでもらえなかったら困るから、一応牛乳の量も全部測る。
あとは沸騰しない程度にあっためて、おれの愛情をたっぷり込めて、
人修羅流ホットチョコレートのできあがり★
勇にアホほどバカにされたバレンタインから一ヶ月。
今日は待ちに待ったホワイトデーだ。
この日をどれだけ待ったことか………!
おまけに、今日は我が家におれ以外誰もいないときている。
なんつったって今は春休み中なので、勇はおれの部屋に直接遊びに来てくれた。
ちょっと照れ臭そうに、さんかくいちごみるくの飴を一袋持ってきて、
『……ホワイトデーのお返し』
だって。
ちくしょう。この甘くってすっぱくってさんかくめ!
あー。おれは三国一のしあわせものだー。
そのまま口移しで飴舐めさせて、肉欲といちごみるくでベタベタにしてやりたかった
とこだけど、今日のおれはさらなる目的のためにちょっぴり自制心が働いていた。
バレンタインに祐子先生にもらったガラナチョコ。
勇が急に止めた訳が気になって仕方なかったおれは、インターネットでその意味を
調べたのだ。
で、その日以来、
『いかにこのチョコを勇に食べさせるか』
という、ただその目的のために、必死で知恵を絞り続けた。
なんてったって勇は、これがヤバイシロモノだと知っている。
金紙を剥いて渡すくらいじゃ騙されてくれそうにない。
それなら、形を変えればいい。
溶かしてまた固める、なんつう高等スキルは無理でも、溶かしっぱなしの飲み物なら
おれにもなんとかできそうだ。
さらにホワイトデーという口実があれば、いつもと違う飲み物が出てきてもおかしく
はない…!
完璧すぎる計画だった。
………もちろん、だまし討ちみたいなこんな真似は、ほんのちょっと気が引ける。
でも、
でも、勇がさ!
潤んだ目で欲情して、おれに×××っておねだりしてこの火照りをなんとかしてぇ!
オレおかしくなっちゃったみたいとか!あーん今日はなんだかすごいぃぃとか!!
そんなロマンポルノな夢を見たっていいじゃないか!一日くらい!
「勇!おまたせ!」
「あー。 おせえよ」
部屋に戻ると、勇は勝手知ったるおれのベッドに寝転び、
おれのために持ってきたはずのさんかくいちごを一人でバリバリと食っていた。
「なにそれ」
「えっと……ホットチョコレートなんだけど。……ホワイトデーだし」
「今甘いもん食っちゃったからなぁ。オレ、お茶がいいや」
「………え?」
「あったかいお茶入れてきてよ。オレ、紅茶ね」
「………………」
「はやくー」
「……………………ハイ」
おれはお盆にチョコレートを乗せたまま、おずおずと引き下がった。
くそっ。おもわぬ伏兵だぜ。
こんなことなら飴を取り上げとくんだったなぁ。
でも、ホットチョコレートの正体に気づいた風ではなかったし、
今日はまだまだこれからなんだから、いくらでもチャンスがあるはずだ。
負けるもんか!
そんで勇とエロエロでベタベタでドロドロなホワイトデーを……!
キッチンでマグカップにラップを掛けていると、玄関でチャイムが鳴った。
「はーい」
どうせセールスかなんかだろう。
親が留守と言ってさっさと追い返そう、と軽く返事をしたら、
『イヌノくん?』
………………。
……忘れていた。
そうだ。
チョコは受け取ったことになっている。
今マグカップの中で湯気を立てているそれだ。
バレンタインチョコは、女子が男子にホワイトデーのお返しを前提に贈るものなのだ。
そして、今日は春休み。
……まさか、家にまで来るとは思わなかった。
『イヌノくん。いるんでしょう。開けてくれないかしら』
おれの部屋には勇。この扉の向こうには祐子先生。
ラップをかけたガラナチョコレートはまだ暖かい。
さあ、どうする??
★どうもしないままおしまい★
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