「ちーあーきー」



 とっときの笑顔で両掌を差し出すと、



「ハッ」



 帰り支度を済ませた千晶に鼻で笑われた。



「なんのつもりなのよ」

「いやほら。帰る前にさ、渡すものでもあるんじゃないかってね」

「まさか、チョコレートでももらえる気なの?」

「さっすが千晶!話が早いね」

「……くだらないわね。

 なんで製菓会社の商業企画に乗らなきゃいけないのよ。

 大体あんたにあげなきゃいけない義理なんてないもの」





 そういう千晶は、通学鞄の脇にヴィタメールの紙袋をぶら下げている。

 ベルギー王室ご用達。ゴディバやピエール=マルコニーリと並んで本命度A+。







 トリュフ系手作りチョコは、一見本命度が高そうに思えるが、

 安価で大量生産できるという理由で選ばれることもあるので油断はできない。

 手作りと涙ながらに貪り食っていると、他の男子が同じチョコを嬉し泣きながら

 食っている可能性もある。

 男子たるもの、本気度くらいは送られたチョコのチョイスで計らねばならない。







 ……と、まぁこの辺は男性向けファッション誌の特集記事の受け売りだ。







 千晶の本命チョコの行方も気になるが、

 恋愛メンタリティに関してはおいそれと突っ込める相手じゃない。

 どこそこの政治家から贈られた山吹色の菓子だ。

 と答えられても違和感の無い女だし。







「オレと千晶の仲じゃねえか。

 たまに荷物持たされたりしてやってるだろ。

 なー。減るもんじゃないしいいだろー。チョコー」

「バカね。あんたにあげたら減るじゃん。

 ああもう、あんたに構ってる時間は無いのよ。ほらっ」







 千晶はヴィタメールの袋からチロルチョコを二個取り出すと、

 苦々しげにオレに投げて寄越した。

 苺とビスケットのチロルチョコ。本命度評価E−。

 プライドの高い男子にとっては、もらわない方がマシレベルだ。

 ほらな。なんだかんだ言ってオレの分も用意してくれているんだよ………な……。

 優しいよなー………………。







「ぃやったー!千晶からチョコもらえたぜ!」

「それ、あんたとイヌノくんの分。渡しておいて」

「あ……一人一粒なんだ……」

「くだらないお返しとか要らないから。そう考えれば安いものでしょう」

「……あぁ、うん。相変わらず合理的だな……」

「じゃあね、勇くん。イヌノくんによろしく言っておいて」

「おぉ」





 そう言って千晶は慌しく立ち去って行った。

 チョコを渡す相手が帰らないか不安なのだろうか。

 意外と女子な面もあるんだなー。オレらには冷たいけど。






 教室に取り残されたオレの背に、そんなチロルチョコすら恵まれない男子どもの、

 秘めたる殺意が突き刺さってくる。

 千晶もああ見えてMっ気の強い男子にモテるからな。

 こんな十円チョコだって、泣きながら欲しがる奴もいるんだろう。





「新田ぁー。こないだは日直変わってくれてありがとー」





 チロルチョコを周囲に見せびらかしていると、たまーに口を利く程度の女子が、

 くっちゃくっちゃとガムを噛みながら、ストライプ柄の袋を差し出してくれた。





「お礼―」

「うわー、マジかよ!サンキュー!すっげぇ嬉しい!

 もう日直なんていつでも変わっちゃうぜ!」

「あー。また頼むわー。じゃねー」





 中にはガーナの板チョコ。本命評価D.

 うん。わかりやすく義理だ。





「やりぃ! チョコだー!」





 ちょっとわざとらしいくらいに喜んでみせるのは、周囲へのカモフラージュへの

 意味もある。

 休み時間もベッタベタなあのバカのせいで、さすがに



 あの二人どうなのよ。ちょっと二人でつるみすぎよね。



 という、悪意無いウワサも耳に入るようになってきた。

 悪意は無いが、まんざら嘘でも無いから困る。

 さすがに学校中にカミングアウトするつもりは無いので、こうして細かいところで



「女子大好きですよ!女教師はもっと歓迎!」



 というアッピールをしているわけだ。

 もちろんそれだって嘘じゃないんだけどね。






 うーん。それにしたって今年は不作だねぇ。

 一年の頃は、



「新田くんカワイイ!」



 という先輩方からの施しがもうちょっとあったのにな。

 三年生はさすがに、この時期はチョコどころじゃないから淋しいもんだ。

 千晶のはコレ……カウントに入らねぇもんな。









 男子なら誰もが心穏やかでは過ごせない、2月中旬のある一日。

 しかしオレの落ち着きの無さは、本命チョコがもらえるかどうかという問題ではなく、

 むしろ逆のところにあった。





 肝心のお相手は、授業が終わると同時に他のクラスの女子に呼び出され、

 他の男子の怨恨を背中に受けながらどこかに消えて行ったきりだ。




 ……………。




 それにしたって遅すぎるぞイヌノ。何やってんだよ全く。







 「あ! オレゲタ箱見てこよう!!」






 なんとなく望みを捨て切れずに教室に居残る男子どもに、

 ゲタ箱待機戦の宣言を告げて、オレは教室を後にした。











 がんばれよ同士たち。今日という日はまだ終わっちゃいないぜ。

 そうさシャイなあの子が、直接渡せなくてゲタ箱に設置した救援物資があるかも

 しれないじゃないか。戦いはまだ終わっちゃいない。





 

 居残り組に心の中でエールを送り、オレはゲタ箱ではなく、

 帰ってこない彼氏を探しに向かった。






























                                                  
東京ラバーズ  

                                             
St.Aphrodisiac








































 オレがクラスメートのイヌノとつきあい出してから、もう、五ヶ月くらいか。

 年末にすったもんだのあげくにやっと初合体を済ませて、

 イヌノは覚えたてのセックスが楽しくて仕方ない!って時期だ。

 正直こちらとしてはしんどいんだけど、まぁ、気持ちはわかる。






 気を抜くとイチャ絡んでくるそんなイヌノを牽制しながら、

 近頃は週末のたびにどっちかの部屋へお泊りに行ったり、

 まぁその、



 当人のオレがへこむくらいにラブラブ、だ。









 で、そんなオレたちにも、2月の洗礼は容赦なくやってくる。

 







 ……正直なぁ、別にチョコなんかあげなくったっていいとは思うんだよね。

 だってアレ、女子のためのお祭りみたいなもんだし。

 オレら男同士だから、どっちが送ればいいかとか、打ち合わせるのもバカみたいだし。





 でもさ、オレ見ちゃったしな。

 こないだ、学校帰りに二人でコンビニ入ったとき、

 オレがチャンピオン立ち読んでる間中、あのバカがバレンタイン特設の棚を

 じーっと眺めてるの。

 2月に入ると、どっこもディスプレイがバレンタイン仕様になるから、

 嫌でも目に入るんだよな。



 そんで、



「………欲しいのか?」



 って訊いたら、



「え、や。いや、別に」



 って、食玩の箱をいじりながらしどろもどろになるし。







 オレはどうでもいいんだけど、イヌノは行事とか結構好きだし。

 せっかくつきあってるんだから、バレンタインに淋しい思いさせるのも

 かわいそうだしなぁ。








 チョコ売り場の前を通りかかる度に、ちょっと足を止めて悩んで半月。

 昨日、一念発起して買ってきました。
おっぱいチョコ。



 半球型のホワイトチョコのてっぺんには、ピンクのストロベリーチョコで

 ぽっちり乳首がついている。中にはご丁寧に練乳入りだ。

 まぁ、いくら鈍いアイツでも、その造形が女体の神秘の一部を象っているのは

 わかるだろう。







 いやオレも、冷やかしやナンパのふりしてまで、ギャルたちに混じって物色したり、

 様々選んだりしたんだけども、あんまマジっぽいチョコを贈るのは気恥ずかしいし。



 何よりも買えねえっつうの!



 まるで本命チョコもらえないのを見越して、見栄張るために買ってると、

 店員のおねーさんや他の女性客に思われそうで、

 とてもレジに持って行く勇気は出ない。



 その点コレ(おっぱい)なら、男子が買っても嫌がらせかバツゲーム用のアイテムと

 思われるくらいで済むはずだ。たぶん。

 (それでも、レジに並ぶのが恥かしかったこと恥かしかったこと。

 エロ本買う時の比じゃなかった)



 どのチョコにしようか迷ったり、イヌノがラッピング開けてバカバカしい中身に

 ガッカリするのを想像したりするのは意外と楽しかった。






















 で、当日。

 どのタイミングで渡すか迷っているうちに、授業は上の空で終わってしまった。




 イヌノはやたらソワソワして、授業中にも熱い視線をオレに投げかけたり、

 すっかり貰える気でいるんだろうな。アレは。







 しっかし、肝心のイヌノはどこに行ったんだよ。

 チロルチョコを舐めながら探し回ったけれど、

 1年の教室にも2年の教室にも、ざっと見たとこどこにもいない。



 校舎内の廊下をうろつきながら、オレはワクワクしてるのがだんだんバカバカしく

 なってきて、本当にゲタ箱につっこんで帰ろうかと考え始めていた。






 何も学校で渡すこたぁないんだしな。

 どうで今日だって、まぁその





「勇!」







 オレが見つけるより早く、イヌノの声がした。

 振り返ると、両手に可愛らしいラッピングやら紙袋やらを提げたイヌノが、

 嬉しそうに駆け寄ってくる。







……いくつもらったんだよ……。







「よかった。教室にいないからもう帰ったかと思ったぜ」

「…………今年はまたスゲエな」







 口を開くと絶望的にバカなんだけど、黙っていればイヌノはいい男だ。

 いい加減つきあいの長いオレですら、たまにドキッとするくらいカッコイイ。たまに。






 幸か不幸か、口数は少ないほうなので、誤解する女子は未だ多い。

 バレンタインを機にコクる女子もいるだろうと、予想はしていたけれども

 それにしても。






「ごめん、もうちょっとだけ待ってて。返し終えたら一緒に帰ろ」

「へ?返し終え……って?」

「直接来た分は全部その場で断ったんだけど、机の中とかゲタ箱に入ってたヤツとかは

 どうしようもなくってさ。名前見て返して回ってんだよ。

 でも、帰っちゃった女子とかも多くて。どうしようかなぁ、これ」



 迷惑そうにチョコレートを持て余している。








 も……







「もったいねー!

 何考えてんだよ、オマエ!女子からのチョコだぞ!?」

「え。だって」



 イヌノは気まずそうにもごもごと口を動かした。

 なんか言いたそうだが、ちょっとここでは言えませんよ。てな具合に。







「……ちょっと来い」







 オレはイヌノを促して、屋上へ向かう階段を登った。













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