勇は機嫌が悪かった。まぁいつものことなんだけど。







 学校帰りに涼を求めて立ち寄ったいつものマック。

 幸せな放課後デートも、今日ばかりは来週のテストに向けての勉強会だ。

 けれど勇はさっぱり身が入ってない様子で、つまらなそうに窓の向こうばかり眺めて

 いる。

 横の席の女子高生はうるせぇし、確かに勉強するような環境じゃないんだけど、

 勇の部屋に行けば行ったで勉強にならないんだよなぁ。



 まぁ、悪いのはおれか。







 期末試験さえ終われば、高校最後の夏休みが始まる。

 夏期講習や、半年後に控えている受験のことを考えると浮かれてばかりもいられない

 けど、やっぱり夏休みは嬉しい。

 なんつってもおれにとっては、生まれて始めての、一人ぼっちじゃない夏休みなわけ

 で……。







「……なぁ、勇」

「んーだよ」

「気ぃ入んないんならうち来る?」

「お前の部屋暑ぃからやだ」

「じゃあ、わかんないとこ教えるから聞けよ。せっかく二人でやってるんだし」







 一緒の大学行こう、って約束はしてるんだけど、3年に上がってから勇の成績は下がりっ

 ぱなしだ。

 勇に合わせておれが志望校一つ下げるって言ったら、三日間口を効いてくれなくて、

 それ以来進学の話題はタブーになりつつある。





「うるせぇなぁ、一人で勝手にやってろよ。オレに構うなっつーの」

「………」



 



 怒るくらいなら、もうちょっと頑張ってほしいんだけどなぁ。



 










 去年の秋につきあい始めてもうすぐ十ヶ月。

 相変わらず勇はさっぱりわからない。
































                       
T o k y o L o v e r s ,  S u m m e r  g a m e.




































「カラオケ行きたい」

「……期末、来週だぜ」

「もう勉強飽きた」

「……わかったよ」



 テストは気になるけど、ようやく勇が欲求らしいことを口にしてくれたのでおれは

 ちょっぴりほっとした。

 煮詰ってる勇見てるより、ワガママ言ってくれたほうがまだ気が楽だ。



「いつもの歌広でいいのか?」

「やだ!」

「え?何怒ってんの?」

「てか、お前と二人じゃ嫌だ」

「………千晶誘う?でも、試験前だからあいつ来ないと思うけど」







 椅子にふんぞり返った勇がちょいちょいと手招きする。

 顔を近づけると、勇が意地悪く笑って横の女子高生を親指で示した。

 どこの学校か、この辺じゃ見ない制服の二人組。







「お前、あの子たちナンパしろ」

「はぁ?」

「2、2でちょうどいいし」







 何一つちょうどよくなんかねえ。







 てか、一応おれたちつきあってるわけじゃん?

 これって制服デートじゃねえの?

 デートの最中になんで他の女子に声掛けなきゃいけねえの?







「………無理だよ」

「いいから。早くしねえと帰っちゃうだろ。

 あいつらさっきからこっちチラチラ見てたぜ。

 声掛けてあげないとかわいそうだろうが」









 なんで?

 てかおれは?

 おれはかわいそうじゃないのか?









 隣に聞こえないように声を潜めて、おれは必死こいて勇に反論した。







「あのなぁ勇、複数で出現している奴に声かけてみろ。

 『あたしの友達に何すんのよ!』

 って言われてボコられて終わりに決まってる。

 経験上間違いねえって」

「いやボコられねえから」

「どうしてもっつぅなら弱そうなほうを先にぶん殴ってから

「もういいから行ってこいって。ほら」

「おれのストックお前一人でいっぱいだから!!」

「うるせえええええ!」







 勇にぐいっと押し出され、肘を掛けてた合板のテーブルが派手な音を立てる。

 何事かとこっち向いた女子どもと目が合ってしまった。

 片方は色黒でカハクをそのまま人間サイズにしたような感じで、

 もう片方は大柄でフォーモリアそっくりだった。







「こ……こんちは」

「ギャハハハハ!こんちはだってぇ!!」







 仕方なく挨拶すると、なんだか知らないが爆笑された。

 もう交渉失敗気味じゃねえか。

 勇をちらっと見ると、顎をしゃくって行けというジェスチャーをされた。

 まだ押さなきゃいけねえのか?







「えーと……、創世とか……興味ある?」



 テーブルの下で勇に向こう脛を思いっきり蹴られる。いってぇ。

 仕方ないだろ、悪魔以外ナンパなんてしたことねえんだから。







「ギャハハハハハ!意味わかんな〜い!!」

「ちょっと大丈夫ぅ?マジ暑さにやられてくない?」







 交渉は失敗に終わった……。

 と安心していたら、勇が横からしゃしゃり出てきた。







「いいから代われ」







 勇が引き止めなんて交渉スキルを持っていたとは知らなかった。

 てか、引き止めなくていいのに。







「あー、ごめんねぇ。コイツちょっと照れ屋でさぁ。

 二人ともカワイイから緊張しちゃったんだよな」

「ギャハハハ!カワイイだってぇ〜〜!!」

「ギャハハハ!適当なこと言ってんじゃねーよ!」


「いやマジだって!

 二人ともどこのつんくプロデュースだろうって噂してたワケよ」

「ギャハハハ!アンタ調子乗りすぎぃ!呼んでねぇって!」

「え、モー娘。じゃねえの?じゃあどこの女子十二楽坊?」

「バッカじゃねーの!日本人に決まってんじゃん!」

「キミら最近よくここ来てるよね。その制服T女だろ?立川の」

「やっだぁ!なんでバレてんのぉ〜?」

「えーだって有名だろ。T女ってカワイイ子多いしさぁ」









 すげえな、勇。

 さっきまでの不機嫌さはどこへ行ったのか、

 悪魔よりガラの悪い女子高生相手に一歩も引かずに会話を引っ張っている。







「じゃあさ、モー娘。じゃないってのなら証拠見せてよ。

 カラオケで歌聴かせてくれたらオレたち納得するからさぁ」

「あーいいよぉ、どうせヒマだしぃ」

「駅前の歌広行くぅ?」

「あ、あそこだけはダメ!」

「あたしぃ、ダム入ってるとこならどこでもぉ」







 試験勉強しろよ!







 おれの心の叫びも届かず、5分も掛からず交渉がまとまる。

 フォーモリ子(仮)とカハ子(仮)は値踏みをするようにおれを眺めている。

 勇がおれに向かって指でマルを作った。いや、何一つOKじゃないっての。










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