黒い太陽










 私が死んだときの話をしましょう。私の神様の話も。



 鯨にも怪物にも見える雲が、高い空の上でゆっくり動いています。

 こんなうららかな春の日には、自分が死んだ時のことを思い出すのです。










あの日もよく晴れていました。

代々木公園の暴動に駆り出されることもなく、駐在当番だった私は、

書類整理もせずにぼんやりと外を眺めていました。

裏返っていく世界を眺めながら、

ああ、この世の終わりなんだなと最期に考えたことをよく覚えています。







死人には二つの道がありました。




私はついぞ行けなかったので、それが天国か地獄かも知りませんが、

死んだ人間が辿り着ける地へゆくものと、死んでなおこの地にへばりつくもの。

未練があったとは思えませんが、私は後者でした。



たぶん、ちゃんと生きることができなかったものは、ちゃんと死ぬこともできないのでしょう。

でも、お陰で私は崩壊した後の世界がどうなったのかを知ることができました。










世界は何も変わりませんでした。

世界は相変わらず混沌としていて、騒がしく、搾取するものとされるものがありました。



ただ、人が減りました。



こうるさい上司と、もっとうるさい市民がいなくなったことは幸いでした。

公務員と言っても、私は本当に下っ端ですので、雑多なことに追われるだけの毎日でしたから。

死んだ私に行き場所はありません。生きている頃もそうでした。

仕方なく、廃墟となった交番で、黒い太陽が欠けたり満ちたりするのをずっと眺めていました。

そうして、自分が死んだ後も、世界は何一つ変わらないことをただ思い知らされたのです。




















黒い太陽が何度も、満ち、欠け、飽いて数えるのをやめてしまった頃、

瓦礫の山の交番に、久しぶりの“客”が訪れました。



「こんちは、お巡りさん」

「…………」

「ちょっと道をお聞きしたいんですけど」

「………迷子かい?」

「ああ、あんたと同じように」

「それならなおさら、行く場所なんてないだろう」

「あそこに行きたいんだ」



黒い帽子を直しながら、少年はもっと黒い太陽を真っ直ぐに指差しました。



「あんたさぁ、今オレに話しかけられて面倒だと思ったよね。

 オレだって別に話しかけたくなんか無いよ。

 あそこに連れていってくれるのはあんたじゃないもの。

 仲間が欲しいのはオレじゃない、こいつらのほうだ」



 少年はそう言って、胸に貼りついた顔の一つを指しました。

 顔は黒い口を開けて嬉しそうに笑いました。



 オマエハオレダ。



 「喜んでる。

 同じようなヤツはすぐわかるんだ。

 だから寄ってくる。ぞろぞろとね」



 オレハオマエダ。



 少年のからだだけではなく、瓦礫の向こうにもざわめくものたちがいました。

 皆一様に老いて疲れた目をしていました。



「世界を創りに行くところなんだ。

 こいつらのためじゃなく、オレのためにね。

 でもそれはあんたの望む世界でもある。

 好きにすればいい。あんたの主人はあんただ。

 この廃墟にへばりついて悪魔の餌になるのを待つのも、

 煩わしい他者のいない世界を望むのも」



 カレハオレダ



「なぁ、もうすぐ他人のことなんて気にしないで済むんだ。

 上っ面だけ人のことを考えるふりをしなくても、

 他人に理解されなくて苦しむこともなくなる」



 オマエハ オマエハ オマエハ 



「生まれるときも、死ぬときも人はひとりきりだろ。

一人でいていいんだ。

もう、苦しまなくていい」




























 その時から、少年は私の神様になりました。

















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