異国の地でレイプされるのと死ぬのと、どちらがいい思い出になるのだろうと彼は考え、

死ぬよりはマシかと諦めかけようやく、死ぬつもりだった過去を思い出した。

おとなしくしていた彼が再びもがき出したので男は焦った。

今まさに侵入せんとする巨大なペニスを金的ごと蹴り飛ばし、下半身むき出しのまま路地裏から逃げ出した。

走りながらズボンを上げるとようやく回復した黒人が彼の後ろ姿に銃を二発撃ったが当たらなかったのでそのまま走り続けた。

人通りの多い方へ多い方へと逃げ続け、さすがに男はもう追ってこなかった。


アフリカンの子供たちがボロボロの彼の姿を見て無邪気に笑った。

ズボンのボタンは引きちぎれ、顔は腫れて口の中が切れている。

擦り切れた肘と足がひりひり痛んだ。いかにもレイプされてきましたと言わんばかりの姿。

彼は汚れてしまったコートの前をしっかりと留めた。



惨めだった。


見知らぬ男に欲望を突きつけられたことも、暴力の前で無力だったことも、諦めかけた一瞬も、

何かを求めて何も得ていない自分も痛む顔も思っていたよりは不自由な言葉も通帳の残高も置いてきた仕事も

どこを歩いているかわからない道もスマートに生きようとして生きられないことも、



ここに、あの男がいてくれたらと願ってしまうことも。



全てが彼を打ちのめした。


何も得ていない。何も持っていない。

仕事が行き詰まったなんて建前だ。彼が行き詰まったのは人生と魂だ。



歌が聞こえた。



始めは幻聴かと思ったがそうではなく、あまり裕福ではない通り向かいの教会から歌が聞こえた。

その響きがとても美しかったので、彼は足を踏み入れたこともない教会の扉を開いた。


黒人の男女が白いスモッグを着て激しい歌をうたっていた。 オルガンが鳴り響き古い教会が揺れる。


彼はその歌を知らなかったが、その歌が生まれた訳は知っていた。

貧しかった黒人たちは楽器など持てずに、それでも音楽を愛していた。

自分の持つただ一つの音を使って歌い続けたゴスペル。

私たちが伝える神の愛。


彼は神の存在も信仰もよくわからなかったけれど、人々の祈りに打たれ頭を垂れた。



帰る理由をずっと探していたのは帰りたかったから。

何も持たないなどいかほどのことか。すべてを失ったと思うほど、彼は何かを持っていただろうか?

入り口で立ったまま耳を傾けていると、腰の曲がった老婆が中に入りませんかと親切に彼を誘った。

彼は丁寧にそれを断り、駅はどちらですかと流暢な英語で尋ね返した。







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